こんにちは、本日はスペクトル分解について、ふんわり解説していきます。
線形代数の固有値問題、つまりAを行列、vをベクトルとして、Av=λvとなる、λ∈Cを調べる問題があったかと思います。これと同じAが一般の線型作用素、つまり無限次元の場合に拡張するとλはどうなるか、というのがスペクトル理論になります。
- 量子物理学でのスペクトル分解
スペクトル理論は量子物理学のエネルギー固有値問題の要請を受けて、数学的基盤になった理論です。そこでまずは物理学的に概説していきたいと思います。
物理学では作用素を演算子というので、物理よりの話をしてる場合は演算子ということばを使います。
物理学ではディラックのブラケット記法がよく使われます。ヒルベルト空間Hの元を|v⟩∈Hと書き、ケットベクトルと呼びます。Hの双対空間H∗の元を⟨w|∈H∗と書き、これをブラベクトルと呼びます。ブラベクトルとケットベクトルの内積は
⟨v|⋅|w⟩≡⟨v|w⟩
と書きます。線型演算子Aをケットベクトルvに作用させることは
A|v⟩
と書きます。
さてここから固有値問題に戻ります。{|en⟩}nを完全正規直交系とすると、単位行列の対角成分をひとつずつ足していくと単位行列になることを表す式、
∑n|en⟩⟨en|=E
が成り立つので、
A=EAE=(∑n|en⟩⟨en|)A(∑m|em⟩⟨em|)=∑n,m⟨en|A|em⟩|en⟩⟨em|
となります。A|em⟩=am|em⟩となるので、
A=∑n,mam⟨en|em⟩|en⟩⟨em|=∑n,mamδn,m|en⟩⟨em|=∑nan|en⟩⟨en|
となります。|en⟩⟨en|は基底enへ射影演算子とみなせすので、演算子は
固有値をその重みとする射影演算子の和で表現できることになります。これを「スペクトル分解」といいます。
量子物理学では、物理量はエルミート演算子(厳密には自己共役演算子)であることを要請します。なぜなら物理量は観測可能な値であるべきなので、実数でないと困るためです。実際、エルミート演算子はA=A†を満たしますが、
A†=(∑nan|en⟩⟨en|)†=∑na∗n|en⟩⟨en|
となりますので、すべてのnでan=a∗nが成り立つことになります。すなわち固有値は実数となります。
かなり駆け足でいきましたが、通常の量子力学の文脈で議論されるスペクトル分解の雰囲気となります。もちろん物理学を議論する上では十分なのですが、数学的基盤とするにはもう少し踏み込む必要あります。
上記はディラックのブラケットを用いて無限次元線型作用素を、行列を無限次元化したようなものとみなして議論してますが、実際はそこまで単純ではないです。もちろん無限次元の行列のように扱える作用素もありますが、それはほんの一部になります。
- 自己共役作用素の厳密な定義
ということで、エルミート作用素からがっつり定義していきます。ここでは有界とは限らない線型作用素の前提ですすめます。
(このあたりの議論はこちらで紹介した新井さん本や日合さん本を参考にしてます。)
ヒルベルト空間H上の線型作用素をA:H⊃domA∋u→A(u)≡Au∈Hとし、⟨⋅,⋅⟩:H×H∋u×v→⟨u,v⟩∈Cを内積とします。
このときリースの表現定理より、(⟨u,Av⟩=⟨A∗u,v⟩で定義される線型作用素A∗:H⊃domA∗→Hが一意に存在することが示せます。
このA∗をAの「共役作用素」と言います。
今、∀u,∀v∈Hに対して、⟨u,Av⟩=⟨Au,v⟩となるとき、Aを「エルミート作用素」といいます。
domAがHの稠密部分集合であるようなエルミート作用素を「対称作用素」といいます。
さらに、対称作用素において、domA=domA∗が成り立つとき、「自己共役作用素」といいます。
ひとことでいうと自己共役作用素はA=A∗のことですが、この厳密な意味は⟨u,Av⟩=⟨Au,v⟩を満たし、かつdomAが稠密で、domA=domA∗を満たすことをいいます。したがって、それぞれの包含関係は{自己共役作用素}⊂{対称作用素}⊂{エルミート作用素}となります。
つまり量子物理学でエルミートと言われていたものは、関数解析の言葉では自己共役作用素に相当します。量子物理学では作用素の定義域はそこまで気にしないので、エルミート作用素も対称作用素、自己共役作用素も同じ意味で扱う感じになります。
有界ではないにしろ閉包をとると自己共役になる作用素が存在します。これを定式化します。
線型作用素A:H⊃domA→Kにおいて、点列{xn}n∈domAが、limn→∞Axn→y∈KとなるときAx=yなるx∈domAが存在するとき、線型作用素Aは「閉作用素」であるといいます。
A,B∈B(H,K)に対して、domA⊂domBかつx∈domAに対して、Ax=Bxとなるとき、BはAの拡大(作用素)言います。(つまり定義域が拡大したようなイメージです。)
線型作用素Aの拡大Bが閉作用素となるとき、Aは「可閉」であるといい、最小の閉作用素を「閉包作用素」といい、¯Aで表します。
Aの閉包作用素が自己共役であるとき、Aは「本質的に自己共役」であるといいます。
以上定義にまとめておきます。
DEF.12 自己共役作用素
(H,⟨⋅,⋅⟩)をヒルベルト空間とし、AをH上の線型作用素とする。
1)∀u,∀v∈Hに対して、⟨u,Av⟩=⟨Au,v⟩となるとき、Aを「エルミート作用素」という。
2)domAがHの稠密部分集合であるようなエルミート作用素Aを「対称作用素」という。
3)対称作用素Aにおいて、domA=domA∗が成り立つとき、Aを「自己共役作用素」という。
4)Aの閉包作用素が自己共役であるとき、Aを本質的に自己共役であるという。
これらを使って、スペクトル分解をしていくのですが、さすがに少し長くなってきたので、本稿はここまでにします。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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