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幾何ブラウン運動とは何か:資産価格を「確率的な複利」で考える

資産運用や金融工学の世界では、株価や資産価格の動きを表すモデルとして、幾何ブラウン運動というものがよく登場します。

英語では Geometric Brownian Motion と呼ばれ、略して GBM と書かれることもあります。

名前だけ聞くとかなり難しそうですが、直感的にはかなり自然なモデルです。

一言で言えば、幾何ブラウン運動とは、

資産価格そのものではなく、資産価格の「変化率」がランダムに揺れるモデル

です。

株価や資産額は、毎日一定額ずつ増えるわけではありません。100万円の資産が1%増えれば1万円ですが、1億円の資産が1%増えれば100万円です。

つまり、資産価格の変化は「金額」よりも「割合」で考える方が自然です。

この「割合で変化する」という考え方を、確率過程として数式化したものが幾何ブラウン運動です。

この考え方を使って、将来の資産額をモンテカルロシミュレーションで試せる簡易ツールも作成しています。こちらも試してみてください。

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1. 普通のブラウン運動では何が困るのか

まず、資産価格を \(S_t\) とします。

ここで \(t\) は時刻、\(S_t\) は時刻 \(t\) における資産価格です。

単純に、資産価格そのものがランダムに動くと考えるなら、

\[
dS_t = \mu dt + \sigma dW_t
\]

のようなモデルが思いつきます。

ここで、\(\mu\) は平均的な増加率、\(\sigma\) はランダムな揺らぎの大きさ、\(W_t\) はブラウン運動です。

しかし、このモデルには資産価格のモデルとしては大きな問題があります。

それは、価格がマイナスになる可能性があるということです。

株価や投資信託の基準価額、金融資産額は基本的にマイナスにはなりません。

もちろん借金やレバレッジを考えれば別ですが、通常の資産価格モデルとしては、価格がマイナスになるのは不自然です。

そこで、価格そのものではなく、価格の変化率をモデル化します。


2. 資産価格の変化率を考える

資産価格 \(S_t\) の瞬間的な変化率は、次のように書けます。

\[
\frac{dS_t}{S_t}
\]

これは直感的には「瞬間的なリターン」です。

たとえば、資産が100万円から101万円になれば、変化額は1万円ですが、変化率は1%です。

資産運用では、金額そのものよりもリターン、つまり変化率で考えることが多いです。

そこで、瞬間的なリターンを次のように置きます。

\[
\frac{dS_t}{S_t} = \mu dt + \sigma dW_t
\]

これが幾何ブラウン運動の出発点です。

両辺に \(S_t\) をかけると、

\[
dS_t = \mu S_t dt + \sigma S_t dW_t
\]

となります。

これが幾何ブラウン運動の確率微分方程式です。


3. なぜ「幾何」ブラウン運動なのか

この式を見ると、変化量 \(dS_t\) が現在の価格 \(S_t\) に比例していることがわかります。

\[
dS_t = \mu S_t dt + \sigma S_t dW_t
\]

資産が大きくなるほど、同じリターンでも変動額は大きくなります。

100万円の1%は1万円ですが、1億円の1%は100万円です。

つまり、資産価格は足し算的に増えるのではなく、掛け算的に変化します。

これが「幾何」という言葉の意味です。

算術的に、

\[
100, 101, 102, 103, \dots
\]

と増えるのではなく、

\[
100, 101, 102.01, 103.0301, \dots
\]

のように、割合で増えていくイメージです。

つまり、複利の世界です。


4. 幾何ブラウン運動の解

幾何ブラウン運動は次の確率微分方程式で表されます。

\[
dS_t = \mu S_t dt + \sigma S_t dW_t
\]

この解は、次のようになります。

\[
S_t =
S_0
\exp\left \{
\left(\mu \, – \frac{1}{2}\sigma^2\right)t
+
\sigma W_t
\right\}
\]

ここで重要なのは、指数関数の中に \(\mu – \frac{1}{2}\sigma^2\) が出てくることです。

単純に考えると、

\[
S_t = S_0 \exp(\mu t + \sigma W_t)
\]

になりそうですが、実際には \(-\frac{1}{2}\sigma^2\) という補正項が入ります。

これは伊藤の公式によって生じる補正項です。

確率過程では、普通の微分とは違って、ブラウン運動の二次変分が効いてくるため、このような項が現れます。


5. なぜ伊藤補正が出てくるのか

普通の微分であれば、

\[
d\log S_t = \frac{dS_t}{S_t}
\]

と考えたくなります。

しかし、確率過程ではこれだけでは不十分です。

伊藤の公式を使うと、

\[
d\log S_t = \left(\mu \, – \frac{1}{2}\sigma^2\right)dt
+
\sigma dW_t
\]

となります。

この \(-\frac{1}{2}\sigma^2\) が伊藤補正です。

直感的には、ランダムな揺らぎがあると、対数を取ったときの平均成長率は少し下がる、ということです。

これは資産運用でも重要です。

たとえば、ある資産が大きく上がったり下がったりを繰り返す場合、単純平均のリターンは高く見えても、複利で見た成長率はそれより低くなります。

この「ボラティリティが複利成長率を削る」という現象が、数式上は \(-\frac{1}{2}\sigma^2\) として現れます。


6. 対数正規分布

幾何ブラウン運動の解は、

\[
S_t =
S_0
\exp\left\{
\left(\mu – \frac{1}{2}\sigma^2\right)t
+
\sigma W_t
\right\}
\]

でした。

ブラウン運動 \(W_t\) は、

\[
W_t \sim N(0,t)
\]

に従います。

したがって、\(\log S_t\) は正規分布に従います。

\[
\log S_t
\sim
N\left(
\log S_0 + \left(\mu – \frac{1}{2}\sigma^2\right)t,
\sigma^2 t
\right)
\]

つまり、\(S_t\) は対数正規分布に従います。

これはとても重要です。

資産価格そのものが正規分布に従うのではなく、資産価格の対数が正規分布に従います。

そのため、資産価格は常に正になります。

幾何ブラウン運動が資産価格モデルとしてよく使われる理由のひとつがここにあります。


7. 期待値はどうなるのか

幾何ブラウン運動の解から期待値を計算すると、

\[
\mathbb{E}[S_t] = S_0 e^{\mu t}
\]

となります。

つまり、価格の期待値は平均成長率 \(\mu\) で成長します。

一方で、対数価格の期待成長率は、

\[
\mu – \frac{1}{2}\sigma^2
\]

です。

ここは少しややこしいですが、とても大事です。

整理すると、

  • 価格そのものの期待成長率:\(\mu\)
  • 対数価格の成長率:\(\mu – \frac{1}{2}\sigma^2\)

です。

資産シミュレーションでは、この違いを意識しておく必要があります。

特に、過去リターンから平均と標準偏差を推定して将来シミュレーションをする場合、算術平均リターンなのか、対数リターンの平均なのかで扱いが変わります。


8. 離散時間でシミュレーションする場合

実際にコンピュータでシミュレーションするときは、連続時間ではなく、月次や年次などの離散時間で計算します。

幾何ブラウン運動の厳密解を使うと、時刻 \(t\) から \(t+\Delta t\) への更新式は、

\[
S_{t+\Delta t} =
S_t\exp\left\{
\left(\mu – \frac{1}{2}\sigma^2\right)\Delta t
+
\sigma \sqrt{\Delta t} Z
\right\}
\]

となります。

ここで、\(Z \sim N(0,1)\) です。

月次でシミュレーションするなら、\(\Delta t = \frac{1}{12}\) とします。

したがって、

\[
S_{m+1} = S_m
\exp\left\{
\left(\mu – \frac{1}{2}\sigma^2\right)\frac{1}{12}
+
\sigma \sqrt{\frac{1}{12}} Z_m
\right\}
\]

という形になります。

この式を毎月繰り返すことで、将来の資産価格パスをシミュレーションできます。


9. 資産形成シミュレーションとの関係

資産形成シミュレーションでは、将来の資産額を一本の線で予測するよりも、複数のランダムなシナリオを発生させて、分布として見る方が自然です。

たとえば、同じ期待リターンでも、運用結果には幅があります。

あるシナリオでは大きく増えるかもしれません。

別のシナリオでは、途中で暴落を経験して思ったほど増えないかもしれません。

このような「将来のばらつき」を表現するために、幾何ブラウン運動は便利です。

特に、次のような点で資産シミュレーションと相性が良いです。

  • 資産価格がマイナスにならない
  • 複利的な成長を表現できる
  • 期待リターンとボラティリティをパラメータとして扱える
  • モンテカルロシミュレーションに使いやすい
  • 将来資産額を分布として評価できる

資産運用では、「平均的には増える」という話だけでは不十分です。

重要なのは、

どれくらいの確率で、どれくらいの範囲に資産が収まりそうか

です。

幾何ブラウン運動を使うと、このような確率的な見方ができます。

この考え方をもとに、将来の資産額をモンテカルロシミュレーションで確認できるツールを作成しています。期待リターンやリスク、積立額、取崩額を入力すると、将来資産額のばらつきや資産枯渇率を確認できます。

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10. 注意点:現実の市場は完全な幾何ブラウン運動ではない

ただし、幾何ブラウン運動はあくまでモデルです。

現実の市場は、幾何ブラウン運動ほど単純ではありません。

たとえば、現実には次のような性質があります。

  • 暴落が正規分布よりも頻繁に起こる
  • ボラティリティは一定ではなく時間変化する
  • 金利や景気、政策、為替などの影響を受ける
  • 資産間の相関も一定ではない
  • リターン分布には歪みや厚い裾がある

したがって、幾何ブラウン運動を使えば将来を正確に予測できる、というわけではありません。

それでも、資産価格を確率的に考える第一歩として、幾何ブラウン運動は非常に有用です。

単純でありながら、複利・リスク・分布・ボラティリティといった資産運用の重要な概念をまとめて扱えるからです。


まとめ

幾何ブラウン運動とは、資産価格の変化率がランダムに揺れると考えるモデルです。

基本となる式は、

\[
\frac{dS_t}{S_t} = \mu dt + \sigma dW_t
\]

または、

\[
dS_t = \mu S_t dt + \sigma S_t dW_t
\]

です。

この解は、

\[
S_t =
S_0
\exp\left\{
\left(\mu – \frac{1}{2}\sigma^2\right)t
+
\sigma W_t
\right\}
\]

となります。

この式から、資産価格は対数正規分布に従い、常に正の値を取ることがわかります。

資産シミュレーションでは、離散時間の更新式として、

\[
S_{t+\Delta t} = S_t
\exp\left\{
\left(\mu – \frac{1}{2}\sigma^2\right)\Delta t
+
\sigma \sqrt{\Delta t} Z
\right\}
\]

を使うことで、将来の資産推移をモンテカルロシミュレーションできます。

もちろん、現実の市場はもっと複雑です。

それでも幾何ブラウン運動は、資産価格を「確率的な複利」として考えるための、とてもよい出発点だと思います。

資産運用を考えるとき、単に「年率何%で増えるか」だけを見るのではなく、

リターンにはばらつきがあり、将来資産額は分布として考えるべき

という視点を持つことが大切です。

そのための数学的な道具として、幾何ブラウン運動は非常に強力です。

最後まで読んでいただきありがとうございます。ご質問やコメントはお問い合わせからよろしくおねがいします。