友人の友人が最近スピリチュアルに沼っており、そのときに説明した内容 + αをこちらにまとめます。
現代は「量子」という言葉がひとり歩きしています。SNSやビジネス書籍でも、量子力学を悪用した「スピリチュアル量子」が散見されます。
この記事では、特に頼りにされる3つの概念
「引き寄せの法則」
について、現代物理学の視点から明らかにしていきます。
1. 引き寄せの法則 ― 「思考は現実を引き寄せる」?
結論からいうと、思考が現実を引き寄せることは現代物理学から証明されているわけではありません。
引き寄せの法則の主張
「人間の思考や意識が重要な「波動」を生み出し、それが現実を引き寄せる。」
というもので、もう少し詳細に記述すれば以下の通りです。
- 人間の思考や意識は、物理的実体をもつ“波動”を発しているとされる。
- それぞれの感情や思考には周波数(バイブレーション)があり、ポジティブな思考は高周波、ネガティブな思考は低周波とされる。
- この波動が宇宙全体に広がり、同じ周波数をもつ“現実”や“出来事”を引き寄せる。
- 結果として、ポジティブな思考を続ければポジティブな現実が訪れる、と信じられている。
表現の自由なので、いろいろな主張があってもよいかとは思いますが、その理論の拠り所を量子力学や場の量子論とするならば、いずれも正しくありません。
1-1 量子力学における波動
量子力学において、基礎方程式の1つであるシュレディンガー方程式は
\[
i\hbar \frac{\partial}{\partial t} \psi(\mathbf{r}, t) = \left[ \frac{- \hbar^2}{2m}\nabla^2 + V(\mathbf{r}) \right] \psi(\mathbf{r}, t)
\]
となり、この方程式の解 \(\psi(\mathbf{r}, t)\) を波動関数と呼びます。この波動関数の振幅
\[
\left|\psi(\mathbf{r}, t) \right|^2 = \psi^*(\mathbf{r}, t) \psi(\mathbf{r}, t)
\]
に体積要素\( d^3r\)を掛けた、
\[
\left|\psi(\mathbf{r}, t) \right| ^2 d^3r
\]
が、量子が時刻 \(t\)における \( \mathbf{r} \) にある確率、と解釈されます。なお確率であるためには全体が1である必要があるので、規格化条件
\[
1 = \int \left|\psi(\mathbf{r}, t) \right|^2 d^3 r
\]
を満たすように\(\psi(\mathbf{r}, t) \)の大きさをとる必要があります。
ここで、波動関数\(\psi(\mathbf{r}, t)\)自体は、複素数に値をとる関数、すなわち\( \psi : \mathbb{R}^4 \ni (\mathbf{r}, t) \rightarrow \psi(\mathbf{r}, t) \in \mathbb{C}\) であり、観測することはできません。可観測量はあくまで、その体積要素における振幅\(\left|\psi(\mathbf{r}, t) \right| ^2 d^3r\)になります。これが量子の存在確率に紐づく、ということになります。
量子力学における波動、すなわち波動関数はあくまで量子の存在確率を計算するための数学的概念にすぎず、人間が観測できるものではありません。
1-2. 場の量子論における波動
場の量子論では、場という概念があります。場の詳細については過去に書いた場の量子論の記事を参照していただければと思いますが、場を一言でいえば、時間と空間を引数にもつ関数のことです。
場の量子論では、この「場」が時空間全体に存在し、場が局所的に励起したり、励起が失われたりします。場の励起によって、場に応じた粒子が生成され、励起が失われることで、粒子が消滅します。
場は、クォーク場、電子場、電磁場、…といったような素粒子の種類の単位で存在しています。また物性論では準粒子として、フォノン場、マグノン場といった場も登場しますが、詳細は割愛します。
ここで(非相対論的な)量子の場を例に、少し説明します。一切励起していない状態を\( |0\rangle \)とします。(これを真空、といいます。)
ここに量子1つだけ位置\(\mathbf{r}\)に生成させる演算子を\( \psi^\dagger (\mathbf{r}) \)、量子1つだけ位置\(\mathbf{r}\)で消滅させる演算子を\( \psi (\mathbf{r}) \)とします。
このとき1つの量子が励起した場の状態 \(|1\rangle\)は
\[
|1\rangle = \psi^\dagger (\mathbf{r}) |0\rangle
\]
2つの量子が励起した場の状態 \( |2\rangle\)は
\[
|2\rangle = \psi^\dagger (\mathbf{r}_1)\psi^\dagger (\mathbf{r}_2) |0\rangle
\]
\(n\)個の量子が励起した場の状態 \( |n\rangle\)は
\[
|n\rangle = \psi^\dagger (\mathbf{r}_1)\cdots \psi^\dagger (\mathbf{r}_n) |0\rangle
\]
となります。
※厳密には交換関係を考慮する必要があり、実際はもう少し複雑な数式になりますが、今回は省きます。
\( |n\rangle \)のエネルギーは、場のハミルトニアンによって計算されます。例えばシュレディンガー場であれば
\[
H = \int d^3 r \psi^\dagger (\mathbf{r}) \left[ \frac{-\hbar^2}{2m}\nabla^2 + V(\mathbf{r})\right]\psi(\mathbf{r})
\]
を\(|n\rangle \)に作用させることで、場の全体のエネルギーが得られます。このハミルトニアンの形は場の種類によって変わります。
このように場の量子論では、場を出発点として、場を励起させたり、励起を失ったりすることで粒子が出てくる形になります。場が波動の性質をもつことは事実で、その励起によって粒子性が出現することになりますが、観測可能量は場から生成した粒子のみで、場そのものを観測することはできません。
1-3. 量子力学、場の量子論と引き寄せの法則
量子力学における波動関数は粒子の存在確率を計算するための数学的道具で、場の量子論における「場」は、粒子が生成される物理的実体のことでした。
波動関数や場が人間の思考や意識と相互作用する事実は、現在存在しません。もし存在するのであれば、ScienceやNature、もしくは物理学専門誌のPhysical Reviewなどの学術論文雑誌に掲載されるはずですが、現在のところそういった類のものは存在しません。
また、よく二重スリットの実験で、「二重スリットのうち片方を観測すると、干渉縞が消える。このことから意識が量子の状態に影響を与えた」とよく言われてますが、全くの誤解です。
干渉縞が消えるのは、二重スリットと測定装置との相互作用によって消えるのであって、人間の意識は無関係です。(詳細はこちらについても参照してください。)
引き寄せの法則などの話が出てきたら、しっかり事実関係を確認するようにしてください。