こんにちは。今回は、ポートフォリオ理論と確率論のつながりについて、勝手に解説していきます。あくまで個人的なメモに近いので、内容の正しさは保証しませんので、扱いは自己責任でおねがいします。
平均分散最適化の式と、CAPMのβは、確率論ではどのようにつながるのでしょうか。本稿では、リターンをL²空間のベクトルとして捉え、分散・共分散・相関を、長さや内積、角度の関係から見ていきます。後半では、確率的割引因子(SDF)とリスク中立測度、連続時間の投資戦略まで話を広げます。
想定しているのは、期待値・分散とベクトル・行列の基本を学んだうえで、ポートフォリオ理論の数学的な意味をもう少し知りたい方です。資産配分の具体的なおすすめではなく、数式のつながりと、その式が使える条件を整理する記事になります。
ポートフォリオ理論と確率論:この記事で考えること
現代ポートフォリオ理論では、通常、\(n\) 個の資産のリターンを
$$R=(R_1,\dots,R_n)^\top$$
として、
$$E[R_p]=w^\top\mu,$$
$$\mathrm{Var}(R_p)=w^\top\Sigma w$$
と書きます。
ここで
$$R_p=w^\top R$$
はポートフォリオのリターンであり、
$$\mu_i=E[R_i],$$
$$\Sigma_{ij} = \mathrm{Cov}(R_i,R_j)$$
です。
これだけ見ると、ポートフォリオ理論は行列を使って最適な投資比率を計算する話に見えます。もちろんそれも正しいのですが、今回は、その行列の裏側にある確率変数の方に注目してみようと思います。
というのも、各資産のリターン \(R_i\) は、あらかじめ決まった数値ではありません。どの状態が実現するかによって値が変わる、確率変数です。
最初に前提を置いておきます。本稿では、リターンの二次モーメントが有限である場合を扱います。この条件のもとでは、
$$R_i \in L^2(\Omega,\mathcal F,P)$$
と考えられます。
この見方をすると、一見ばらばらに見える以下の話を、
- 分散は中心化した変数のノルムの二乗
- 共分散は中心化した変数どうしの内積
- 相関は中心化した変数がなす角度の余弦
- CAPM の \(\beta\) は直交射影係数
- 最小二乗によるファクター回帰は有限次元部分空間への射影
- ポートフォリオ選択は \(L^2\) 上の幾何と有限次元最適化
という形で整理できます。ざっくりいうと、確率変数をベクトルのように眺めることで、分散や相関の意味が見えやすくなるわけです。
本稿では、まず有限状態モデルから \(L^2\) 空間へのつながりを見て、その後で連続時間の話に進みます。なお、「ルベーグ空間」という言葉は、ここでは確率測度 \(P\) に関する \(L^2\) 空間のことです。\(P\) が実数直線上のルベーグ測度でなければいけない、という意味ではありません。
記号についても先に整理しておきます。前半の \(R_i\) は元本を除く1期間の単純収益率、\(w\) は期初に決めておく投資比率です。途中で売買する話は後半で扱います。(二次モーメントが無限大になる分布もありますが、その場合には、ここで使う平均分散・\(L^2\) の枠組みをそのまま持ち込むことはできません。)
1. 確率空間と確率変数
まずは、確率を扱う土台となる確率空間
$$(\Omega,\mathcal F,P)$$
を考えます。記号が3つ並んでいますが、それぞれ役割があります。
ここで、
- \(\Omega\) は標本空間
- \(\mathcal F\) は \(\Omega\) 上の \(\sigma\)-加法族
- \(P\) は確率測度
です。
資産 \(i\) のリターンは可測関数
$$R_i:\Omega\to\mathbb R$$
として表します。要するに、どの状態が実現したかを与えると、その資産のリターンが決まる、という対応です。
標本点
$$\omega\in\Omega$$
が実現すると、
$$R_i(\omega)$$
がその状態における資産 \(i\) のリターンです。
2. 有限状態モデル
まず
$$\Omega = \{\omega_1,\dots,\omega_N\}$$
という有限状態モデルから始めましょう。ここでは \(\mathcal F=2^\Omega\) とし、各状態の確率は \(p_k>0\)、\(\sum_k p_k=1\) とします。(確率0の状態がある場合は、その状態を除くか、そこでの値の違いを同一視しておきます。)
この場合、確率変数 \(X\) は
$$X = \begin{pmatrix} X(\omega_1)\\ \vdots\\ X(\omega_N) \end{pmatrix}$$
というベクトルと同じように扱えます。各状態での値を、縦に並べているだけです。
したがって確率変数空間は、本質的には
$$\mathbb R^N$$
です。
各状態の確率を
$$p_k=P(\{\omega_k\})$$
とすると、期待値は
$$E[X] = \sum_{k=1}^{N} p_kX(\omega_k)$$
であり、
$$E[XY] = \sum_{k=1}^{N} p_kX(\omega_k)Y(\omega_k)$$
となります。
これは \(\mathbb R^N\) 上の重み付き内積
$$\langle X,Y\rangle_P = \sum_{k=1}^{N} p_kX_kY_k$$
とみなせます。普通の内積と違うのは、各成分に、その状態が起こる確率という重みを付けているところです。
つまり、有限状態のモデルでも、すでに確率変数をベクトルとして扱い、その間に内積を入れているわけです。ここから先の話も、この見方を広げていくことになります。
3. 有限状態から \(L^2\) へ
では、起こりうる状態が有限個でなかったらどうでしょうか。状態を有限集合に限る必要はありません。
一般の確率空間
$$(\Omega,\mathcal F,P)$$
上で、二乗可積分な確率変数全体
$$L^2(\Omega,\mathcal F,P) = \left\{ X:\Omega\to\mathbb R\text{ は可測},\quad E[|X|^2]<\infty \right\} /\sim$$
を考えます。
ここで \(\sim\) は
$$X=Y \qquad P\text{-a.s.}$$
という関係を表しています。確率1で値が一致するものは、同じものとして扱うということです。
すなわち \(L^2\) の元は、厳密には確率変数そのものではなく、
ほとんど至るところ等しい確率変数を同一視した同値類
です。(少し細かいですが、ここでこの同一視をしておくことが、後でノルムや内積を扱ううえで必要になります。)
\(L^2\) 上には
$$\langle X,Y\rangle = E[XY]$$
という内積を入れられます。
対応するノルムは
$$\|X\|_2 = \sqrt{E[X^2]}$$
です。
さらに、\(L^2\) はこのノルムについて完備です。ざっくりいうと、このノルムで見て互いの距離がどんどん小さくなるような列には、空間の中にきちんと極限が存在する、という性質です。
したがって
$$L^2(\Omega,\mathcal F,P)$$
は Hilbert 空間になります。名前だけ見ると難しそうですが、内積があり、その内積から決まるノルムについて完備な空間、ということです。
有限状態モデルの
$$\mathbb R^N$$
は、その有限次元版と考えられます。有限個の数値を並べる代わりに、確率変数を丸ごと1つのベクトルとして見るわけです。
4. 分散と共分散は \(L^2\) の幾何
\(X\in L^2\) に対して中心化
$$\widetilde X = X-E[X]$$
を考えます。「中心化」というのは、元の変数から平均を引く操作のことです。
すると
$$\mathrm{Var}(X) = E[ (X-E[X])^2 ]$$
なので、
$$\boxed{ \mathrm{Var}(X) = \|\widetilde X\|_2^2 }$$
です。
同様に、
$$\mathrm{Cov}(X,Y) = E[ (X-E[X])(Y-E[Y]) ]$$
だから、
$$\boxed{ \mathrm{Cov}(X,Y) = \langle \widetilde X,\widetilde Y \rangle }$$
となります。
これで、分散は中心化した変数のノルムの二乗、共分散は中心化した変数どうしの内積だと分かります。確率の公式が、ベクトルの長さや向きの話として読めるようになるわけです。
さらに \(\mathrm{Var}(X)>0\)、\(\mathrm{Var}(Y)>0\) のとき、相関係数は
$$\rho(X,Y) = \frac{ \mathrm{Cov}(X,Y) }{ \sqrt{ \mathrm{Var}(X) \mathrm{Var}(Y) } }$$
なので、
$$\rho(X,Y) = \frac{ \langle \widetilde X,\widetilde Y \rangle }{ \|\widetilde X\|_2 \|\widetilde Y\|_2 }$$
です。
これは、Hilbert 空間で2つのベクトルがなす角度の余弦そのものです。「相関は向きの近さ」と考えると、少しイメージしやすいかと思います。
したがって、
$$\rho=1$$
は同方向、
$$\rho=-1$$
は反対方向、
$$\rho=0$$
は直交
に対応します。ただし、ここで注意です。直交している、つまり無相関であるからといって、独立だとは限りません。また、分散が0の変数との相関係数は定義できません。
もう1つ細かい点ですが、定数の分散は0です。そのため、標準偏差も \(L^2\) 全体ではノルムではなく、半ノルムになります。平均0の閉部分空間 \(L^2_0=\{X\in L^2:E[X]=0\}\) に話を限れば、標準偏差は \(L^2\) ノルムと一致します。「分散は長さ」という言い方をするときにも、中心化と二乗を省略しないことが大事です。
5. ポートフォリオは \(L^2\) の有限次元部分空間に属する
\(n\) 個の資産リターン
$$R_1,\dots,R_n \in L^2(\Omega,\mathcal F,P)$$
を考えます。
ポートフォリオ重み
$$w=(w_1,\dots,w_n)^\top$$
に対して、
$$R_p = \sum_{i=1}^{n} w_iR_i$$
です。
したがって、到達可能なポートフォリオリターンは
$$\mathcal R = \mathrm{span} \{ R_1,\dots,R_n \} \subset L^2$$
に属します。
資産数 \(n\) が有限であれば、
$$\mathcal R$$
は高々 \(n\) 次元の部分空間です。
つまり、標本空間 \(\Omega\) が非可算であっても、利用できる資産が有限個なら、
投資可能なリターンは、\(L^2\) の有限次元部分空間の中に収まる
ということになります。ただし、「投資可能な集合そのものが線形部分空間だ」と言い切ると、少し話が違ってきます。予算制約 \(\mathbf 1^\top w=1\) を課すと、実際に選べるリターンの集合は
$$\mathcal A=\left\{\sum_i w_iR_i:\mathbf 1^\top w=1\right\} =R_n+\mathrm{span}\{R_i-R_n:1\le i<n\}$$
というアフィン集合になります。ざっくりいうと、線形部分空間を平行移動したような集合で、一般には原点を通りません。さらに空売り禁止 \(w_i\ge0\) も加えると、\(\{R_1,\dots,R_n\}\) の凸包になります。資産の組合せなら何でも選べるのか、それとも予算や売買の制約があるのか、という違いです。
確率空間を一般化しても、1期間・有限資産の計算が有限次元の線形代数に落ち着くのは、このためです。状態がいくら多くても、ここで選んでいるのは有限個の資産の組合せだからです。
6. ポートフォリオの期待収益率と分散共分散行列
各資産の期待収益率を
$$\mu_i = E[R_i]$$
とし、
$$\mu = (\mu_1,\dots,\mu_n)^\top$$
とします。
ポートフォリオリターンは
$$R_p=w^\top R$$
なので、期待値の線形性から
$$E[R_p] = w^\top\mu$$
となります。
一方、
$$\Sigma_{ij} = \mathrm{Cov}(R_i,R_j)$$
とすれば、
$$\mathrm{Var}(R_p) = w^\top\Sigma w$$
です。
ここで \(\Sigma\) は、中心化された確率変数
$$\widetilde R_1,\dots,\widetilde R_n$$
の Gram 行列です。Gram 行列というのは、ベクトルどうしの内積を成分として並べた行列のことです。式で書くと、
次のようになります。
$$\Sigma_{ij} = \langle \widetilde R_i, \widetilde R_j \rangle.$$
したがって分散共分散行列は、
\(L^2\) の幾何を、有限個の資産リターンの内積によって表現した行列
と解釈できます。Gram 行列なので \(\Sigma\) は対称半正定値です。中心化したリターンが \(L^2\) で線形独立なら正定値になりますが、資産が重複していたり、組合せによってリターンが確定したりすると、特異になることもあります。つまり、共分散行列だからといって、いつでも逆行列が使えるわけではありません。
7. 平均分散最適化:期待収益率とリスクの関係
平均分散ポートフォリオ理論では、たとえば
$$\min_w w^\top\Sigma w$$
を、次の条件のもとで解きます。
$$w^\top\mu=\mu_p,$$
$$w^\top\mathbf 1=1$$
という問題です。\(\mathbf 1\) はすべての成分が1のベクトル、\(\mu_p\) は実現可能な目標期待収益率とします。ここでは空売りも許しています。要するに、期待収益率を指定し、投資比率の合計を1にしたうえで、分散を最小にしたいわけです。
計算として見れば、これは \(\mathbb R^n\) 上の二次最適化問題です。
しかしその背後では、
$$R_p = \sum_i w_iR_i$$
という \(L^2\) 上の確率変数を選んでいます。重みを変えるということは、どのようなリターンの確率変数を持つかを変えることでもあります。
つまり、
MPT は、\(L^2\) 上の確率変数の選択問題を、\(\mathbb R^n\) の重みで表したもの
と見ることができます。
8. CAPM の \(\beta\) は直交射影係数
市場ポートフォリオのリターンを
$$R_M\in L^2$$
とし、\(\mathrm{Var}(R_M)>0\) を仮定する。
資産 \(i\) の \(\beta\) は
$$\beta_i = \frac{ \mathrm{Cov}(R_i,R_M) }{ \mathrm{Var}(R_M) }$$
です。
中心化して
$$\widetilde R_i = R_i-E[R_i],$$
$$\widetilde R_M = R_M-E[R_M]$$
とすれば、
$$\beta_i = \frac{ \langle \widetilde R_i, \widetilde R_M \rangle }{ \| \widetilde R_M \|_2^2 }.$$
これは Hilbert 空間において、\(\widetilde R_i\) を
$$\mathrm{span}\{ \widetilde R_M \}$$
へ直交射影するときの係数そのものです。市場リターンの方向に、資産のリターンがどれだけ乗っているかを見ているわけです。
したがって、
$$\widetilde R_i = \beta_i \widetilde R_M + \varepsilon_i$$
と書けて、
$$\langle \varepsilon_i, \widetilde R_M \rangle = 0$$
となります。
つまり CAPM の \(\beta\) は、
$$\boxed{ L^2 \text{ 上の直交射影係数} }$$
と解釈できます。
ただし、
$$E[R_i]-r_f = \beta_i ( E[R_M]-r_f )$$
という CAPM の価格関係まで、射影だけで証明できたわけではありません。ここで \(r_f\) は確定的な無リスク資産の単純収益率です。
これにはさらに、
- 平均分散的な投資家
- 共通の期待
- 無リスク資産
- 市場均衡
などの経済学的な仮定が必要です。射影係数を計算できることと、それが市場均衡で期待リターンを決めることは、分けて考える必要があります。
9. ファクター回帰は部分空間への射影
\(K\) 個のファクター \(F_1,\dots,F_K\in L^2\) を考え、それぞれを
$$\widetilde F_k=F_k-E[F_k]$$
と中心化します。先ほどは市場リターンという1つの方向を見ていましたが、今度は複数の方向で説明しようという話です。母集団での最小二乗回帰として、
$$\min_{b\in\mathbb R^K} E\left[\left(\widetilde R_i-\sum_{k=1}^K b_k\widetilde F_k\right)^2\right]$$
を解くと、
$$\widetilde R_i=\sum_{k=1}^K\beta_{ik}\widetilde F_k+\varepsilon_i, \qquad E[\varepsilon_i]=0$$
となり、残差は
$$\mathcal H_K=\mathrm{span}\{\widetilde F_1,\dots,\widetilde F_K\}$$
に直交します。この部分空間は有限次元なので閉じており、直交射影は存在して、一意に決まります。
なお、中心化しないで書きたい場合は切片が必要です。その場合は \(R_i=\alpha_i+\sum_k\beta_{ik}F_k+\varepsilon_i\)、\(\alpha_i=E[R_i]-\sum_k\beta_{ik}E[F_k]\) となります。平均の分をどこで扱っているかが違うわけです。
ファクターどうしが直交していない場合も、Gram 行列と共分散ベクトル
$$G_{jk}=E[\widetilde F_j\widetilde F_k], \qquad (c_i)_j=E[\widetilde F_j\widetilde R_i]$$
を使うと、射影係数は正規方程式 \(G\beta_i=c_i\) を満たします。\(G\) が正定値なら \(\beta_i=G^{-1}c_i\) です。\(G\) が特異な場合は、同じ射影を複数の係数で表せることがあります。ただし、射影された確率変数自体は一意です。
ここでも注意ですが、この説明がそのまま当てはまるのは、最小二乗で定義した線形ファクター回帰です。係数を適当に与えたモデルでも残差が自動的に直交する、という話ではありません。また、直交しているから独立だとか、因果関係があるとか、期待リターンの価格付けまでできるとか、そこまではいえません。
10. 確率的割引因子(SDF)と価格汎関数
ここからは少し話を変えて、価格を考えてみます。扱うのはリターンではなく、共通の将来時点に受け取る金額としてのペイオフ \(X\in L^2\) です。その現在価格を \(\pi(X)\) と書きます。
まず、市場で取引できるペイオフの線形空間を \(\mathcal M\subset L^2\) とします。取引費用がなく、資産を任意の実数倍で組み合わせられ、一物一価が成り立つなら、この空間上で価格は線形になります。同じペイオフなら、組み立て方が違っても同じ価格になる、という前提です。
$$\pi(aX+bY)=a\pi(X)+b\pi(Y),\qquad X,Y\in\mathcal M.$$
ただし、線形であるというだけでは、連続性や \(L^2\) 全体で価格が定まることまでは保証されません。ここでは表現の仕組みを見るために、\(\pi\) が \(L^2\) 全体に定義された連続線形汎関数であると仮定して話を進めます。
このとき Riesz の表現定理により、一意な \(m\in L^2\) が存在して
$$\boxed{\pi(X)=\langle m,X\rangle=E[mX]} \qquad (X\in L^2)$$
と書けます。積 \(mX\) が可積分になることは、Cauchy–Schwarz の不等式で保証されます。この \(m\) が、価格を表す確率的割引因子(stochastic discount factor、SDF)です。ただし、Riesz の定理だけでは \(m>0\) までは保証されません。ここは後の話で必要になるので、分けておきます。(定理そのものについては、MIT の講義ノートも参考にしてみてください。)
では、実際に価格が分かっているのが \(\mathcal M\) 上だけだったらどうでしょうか。例えば \(\mathcal M\) が有限次元なら、その中で価格を表す元 \(m_{\mathcal M}\in\mathcal M\) は一意です。しかし、\(Z\in\mathcal M^\perp\) を加えても、
$$E[(m_{\mathcal M}+Z)X]=\pi(X),\qquad X\in\mathcal M$$
となります。つまり、取引できるペイオフの価格を変えずに、別の表現を作れるわけです。そのため、\(L^2\) 全体で見た価格表現は一般には一意になりません。正値な SDF を選べるかどうかも別の確認が必要で、不完備市場では正値な SDF が複数存在することもあります。
有限状態で、状態 \(k\) のときだけ1単位を支払う請求権の価格を \(q_k\) とすれば、
$$\pi(X)=\sum_k q_kX(\omega_k) =\sum_k p_km(\omega_k)X(\omega_k).$$
したがって、正確な対応は
$$\boxed{q_k=p_km(\omega_k)},\qquad m(\omega_k)=\frac{q_k}{p_k}$$
です。SDF は、状態価格を実際の確率で割った量に当たります。状態価格と SDF を同じものだと思ってしまうと、この確率の重みを落としてしまいます。なお、未取引の状態別請求権まで価格を考える場合、\(q_k\) も価格の拡張に対応します。
11. SDF とリスク中立測度
もう少し進めて、リスク中立測度との関係も見てみます。1期間の無リスク資産の総収益率を、確定的な定数 \(R_f=1+r_f>0\) とします。初期価格1の資産が満期に \(R_f\) を支払うので、
$$1=E_P[mR_f],\qquad E_P[m]=\frac{1}{R_f}.$$
ここで、価格を表す \(m\in L^2\) が \(P\)-ほとんど確実に厳密に正である、という仮定を追加します。先ほどの Riesz の定理から自動的に出てくる条件ではありません。この条件を置くと、
$$\boxed{\frac{dQ}{dP}=R_fm}$$
によって、\(P\) と同値な確率測度 \(Q\) を定義できます。密度が正で、その期待値が1になるからです。「同値」とは、\(P\) と \(Q\) で確率0になる事象が一致する、という意味です。
このとき、価格が与えられているペイオフについて
$$\pi(X)=E_P[mX]=\frac{1}{R_f}E_Q[X]$$
となります。\(m,X\in L^2(P)\) なら \(E_Q[|X|]=R_fE_P[m|X|]<\infty\) なので、この期待値もきちんと定義できます。
有限状態では
$$Q(\{\omega_k\})=R_fq_k, \qquad \frac{Q(\{\omega_k\})}{P(\{\omega_k\})} =\frac{R_fq_k}{p_k}=R_fm(\omega_k)$$
です。少しややこしいですが、状態価格を正規化して得た確率と、その確率を実際の確率で割った密度は違う量です。ここを区別しておくと、有限状態の式と測度変換の式がつながります。SDF による価格表示については、Cochrane『Asset Pricing』の公開章も参考になります。
ちなみに、\(m\ge0\) だけでも確率測度は作れます。ただ、\(m=0\) となる事象の \(P\) 確率が正なら、\(Q\) は \(P\) と同値にはなりません。また、無裁定から正値な SDF の存在を導くには、市場や取引戦略、位相などに応じた定理の仮定が必要です。有限状態で成り立つ話だから、無限次元でも無条件に成り立つ、とはいえないのです。
なお、ここまでの話は、1期間で \(R_f\) が確定的という設定です。連続時間で金利まで確率的に動く場合には、銀行口座を基準資産とした割引や密度過程を扱う必要があります。
12. 有限状態モデルとの対応
ここまでを表にまとめておきます。有限状態では \(p_k>0\)、測度変換では前節の仮定を置いています。
| 有限状態モデル | 一般の確率空間 |
|---|---|
| \(\Omega=\{\omega_1,\dots,\omega_N\}\) | \((\Omega,\mathcal F,P)\) |
| 確率変数 \(X\in\mathbb R^N\) | \(X\in L^2(\Omega,\mathcal F,P)\) |
| 重み付き内積 \(\sum_k p_kX_kY_k\) | \(E_P[XY]\) |
| SDF の値 \(m_k=q_k/p_k\) | SDF \(m\) |
| 現在価格 \(\sum_k q_kX_k\) | \(E_P[mX]\) |
| リスク中立確率 \(Q_k=R_fq_k\) | リスク中立測度 \(Q\) |
| 確率の比 \(Q_k/p_k=R_fm_k\) | Radon–Nikodym 微分 \(dQ/dP=R_fm\) |
このように、\(\mathbb R^N\) から \(L^2\) へ移ると、有限状態の線形代数と測度論的な資産価格理論がつながります。ただし、市場で価格が観測されるペイオフと、未取引のペイオフにまで価格を拡張した場合は、区別しておく必要があります。
13. 連続時間のポートフォリオ理論と確率過程
ここまでは1期間の話でした。次は、時間も連続的に動かしてみます。時間を \(t\in[0,T]\) とし、時刻 \(t\) までに得られる情報を表すフィルトレーション \((\mathcal F_t)\) を導入します。
$$(\Omega,\mathcal F,(\mathcal F_t)_{0\le t\le T},P), \qquad \mathcal F_s\subseteq\mathcal F_t\quad(s\le t).$$
通常条件(完備性と右連続性)を仮定し、このフィルトレーションに関する \(d\) 次元標準 Brown 運動 \(W\) を考えます。ここでは、各時刻の確率変数 \(S_t^i\) を並べた確率過程として、資産価格を扱うことになります。
たとえば、配当のない \(n\) 個のリスク資産について
$$\frac{dS_t^i}{S_t^i}=\mu_i(t)\,dt+ \sum_{k=1}^{d}\sigma_{ik}(t)\,dW_t^k$$
とします。\(\mu_t\in\mathbb R^n\) はドリフト、\(\sigma_t\in\mathbb R^{n\times d}\) は変動係数で、必要な可測性・可積分性を仮定します。初期価格は \(S_0^i>0\) とします。
ここで混同しやすいのですが、確率空間を一般化することと、時間を連続化することは別の話です。1期間でも状態は無限にありえますし、離散時間でも情報に応じて売買することはできます。
14. ポートフォリオも確率過程になる
連続時間では、時刻 \(t\) のリスク資産への投資比率
$$\pi_t=(\pi_t^1,\dots,\pi_t^n)^\top$$
を選びます。今度は投資比率も、時間と得られた情報に応じて変わります。(ここでの \(\pi_t\) は、第10・11節で使った価格汎関数 \(\pi(X)\) とは別の記号です。)
もちろん、未来の情報を使って今の売買を決めることはできません。本稿では、確率積分を定義するため、戦略を予測可能な過程とします。ただし、各時刻で適合しているというだけで、可積分性まで保証されるわけではありません。
無リスク資産(銀行口座)は
$$dB_t=r_tB_t\,dt, \qquad B_t=B_0\exp\left(\int_0^t r_s\,ds\right)$$
に従うとします。リスク資産に回さなかった残りの比率 \(1-\mathbf 1^\top\pi_t\) が、この銀行口座に入るわけです。
取引費用・消費・外部からの入出金がなく、自己金融条件が成り立つとき、正の富 \(V_t\) は
$$\frac{dV_t}{V_t} =\left[r_t+\pi_t^\top(\mu_t-r_t\mathbf 1)\right]dt +\pi_t^\top\sigma_t\,dW_t$$
に従います。ここでは \(V_0>0\) とし、少なくとも、
$$\int_0^T\left|r_t+\pi_t^\top(\mu_t-r_t\mathbf 1)\right|dt<\infty, \qquad \int_0^T\|\sigma_t^\top\pi_t\|^2dt<\infty \quad P\text{-a.s.}$$
という条件を要求します。これにより、上の式の確率指数による正の解を扱えます。少し技術的ですが、式を書けばどんな戦略でも許されるわけではない、ということです。最適化するときには、目的関数も定義できるように、許容する戦略を制限します。
15. 瞬間的な平均分散構造と、期間全体の分散
$$a_t=r_t+\pi_t^\top(\mu_t-r_t\mathbf 1), \qquad \Sigma_t=\sigma_t\sigma_t^\top$$
と置くと、瞬間的な期待収益率は \(a_t\)、瞬間的な分散率は \(\pi_t^\top\Sigma_t\pi_t\) です。
より厳密には、累積収益率過程を
$$Y_t=\int_0^t\frac{dV_s}{V_s} =\int_0^t a_s\,ds+\int_0^t\pi_s^\top\sigma_s\,dW_s$$
と置くと、その二次変分は
$$d[Y]_t=\pi_t^\top\Sigma_t\pi_t\,dt$$
を満たします。二次変分というのは、時間を細かく区切ったときの増分の二乗を足し合わせ、その極限を取ったものです。
係数の連続性や十分なモーメント条件のもとでは、短い期間 \(h>0\) の単純収益率 \(\Delta_h R_{p,t}=(V_{t+h}-V_t)/V_t\) について
$$E[\Delta_h R_{p,t}\mid\mathcal F_t]=a_t h+o(h),$$
$$\mathrm{Var}(\Delta_h R_{p,t}\mid\mathcal F_t) =\pi_t^\top\Sigma_t\pi_t\,h+o(h)$$
と解釈できます。\(o(h)\) は、\(h\) で割ると0に近づく高次の項です。よく見かける \(E_t[dV_t/V_t]\) や \(\mathrm{Var}_t(dV_t/V_t)\) という書き方は、この局所的な意味での略記になります。(連続時間の記法については、Cochrane の Continuous-Time Notesでも解説されています。)
ただし、これは有限期間のリターン分散そのものではありません。例えば、\(dV_t/V_t=a\,dt+b\,dW_t\) で \(a,b\) が定数の場合を考えても、
$$\mathrm{Var}\left(\frac{V_T}{V_0}-1\right) =e^{2aT}\left(e^{b^2T}-1\right),$$
となり、一般には \(b^2T\) と一致しません。一方、この定数係数の例で対数収益率の分散を考えると、それは \(b^2T\) になります。どの収益率の、どの期間の分散なのかを区別する必要があります。
つまり、平均分散の線形・二次形式は局所的には残っています。しかし、各時点でよさそうな投資比率を選んでつなげれば、期間全体でも最適になる、とは限らないのです。
16. 静的最適化から確率制御へ
1期間では、たとえば予算制約のもとで
$$\max_{w:\,\mathbf 1^\top w=1} \left[w^\top\mu-\frac{\lambda}{2}w^\top\Sigma w\right], \qquad\lambda>0$$
という平均分散最適化を考えました。
動的な投資問題では、許容戦略の集合 \(\mathcal A_{\mathrm{adm}}\) の中から過程 \(\pi\) を選び、たとえば最終富の期待効用
$$\sup_{\pi\in\mathcal A_{\mathrm{adm}}}E[U(V_T)]$$
を最大化します。今の投資判断が、その後の富や選択肢にも影響するため、確率制御の問題になるわけです。
ただし、ここでも1つ注意です。期待効用最大化は、平均分散の式をそのまま連続時間に置き換えたものではありません。そもそも、何を最大化したいのかという目的関数が変わっています。終端富の \(E[V_T]-\lambda\mathrm{Var}(V_T)/2\) を最適化する動的平均分散問題もありますが、期待効用とは別の問題として扱う必要があります。
17. Merton(マートン)型のポートフォリオ問題
例として、Merton 型の問題を見てみます。ここでは途中の消費を含めず、有限期間の終端富効用最大化を考えます。リスク資産が1つの場合、
$$\frac{dS_t}{S_t}=\mu\,dt+\sigma\,dW_t$$
とし、\(\mu,r,\sigma\) は定数、\(\sigma>0\) とします。富は正で、売買費用や外部収入はなく、空売り・借入の比率制約も課しません。かなり条件を整理した設定です。
効用関数は CRRA 型
$$U(x)=\frac{x^{1-\gamma}}{1-\gamma}, \qquad x>0,\quad\gamma>0,\quad\gamma\ne1$$
とします。\(\gamma\) は相対的リスク回避度です。なお、\(\gamma=1\) の場合は上の分数をそのまま使うのではなく、別途 \(U(x)=\log x\) と定義します。
この設定で適切な許容戦略のクラスを取ると、最適なリスク資産比率は
$$\boxed{\pi^*=\frac{\mu-r}{\gamma\sigma^2}}$$
となります。\(n\) 資産への拡張では、定数行列 \(\Sigma=\sigma\sigma^\top\) が正定値なら
$$\boxed{\pi^*=\frac{1}{\gamma}\Sigma^{-1}(\mu-r\mathbf 1)}$$
です。見覚えのある形が出てきました。ただし、この定数比率の解が出てくる背景には、CRRA 効用と投資機会が一定という仮定があります。古典的な出発点は Merton(1969), “Lifetime Portfolio Selection under Uncertainty: The Continuous-Time Case”です。(同論文では、消費も含む問題を扱っています。)
少し数式に踏み込むと、価値関数 \(J(t,v)\) の HJB 方程式で、投資比率に関係する部分は次のようになります。
$$\max_{\pi}\left\{ vJ_v\,\pi^\top(\mu-r\mathbf 1) +\frac12v^2J_{vv}\,\pi^\top\Sigma\pi \right\}.$$
CRRA の形から \(-J_v/(vJ_{vv})=1/\gamma\) となり、上の解が得られます。対数効用でも、\(\gamma=1\) とした比率になります。
こうして、静的な平均分散問題に現れる \(\Sigma^{-1}(\mu-r\mathbf 1)\) と同じ構造が出てきます。ただし、投資機会が確率的に変わる場合には、将来の変化に備えるヘッジ需要が加わることがあります。売買の制約がある場合も、上の公式をそのまま使えるわけではありません。式の形だけでなく、どの条件で導いたのかもセットで見ておく必要があります。
18. なぜ入門では有限状態・1期間モデルを使うのか
一般の確率空間を導入すると、
$$L^2(\Omega,\mathcal F,P)$$
という Hilbert 空間上で、理論をまとめて記述できます。
さらに連続時間化すれば、
$$(\Omega,\mathcal F,(\mathcal F_t),P)$$
上で確率過程として記述できます。
しかし MPT や CAPM の基本的な結論を見るだけなら、最終的には
$$\mu$$
と
$$\Sigma$$
という有限次元の量に集約される部分が大きいのです。
そのため、一般化のために
- 測度論
- \(L^p\) 空間
- 条件付き期待値
- フィルトレーション
- マルチンゲール
- 確率積分
- 確率制御
まで最初から準備するとなると、説明する側も読む側も、なかなか大変です。
そのため、入門で有限状態・1期間モデルから始めるのは自然なことだと思います。ただし、「資産数が有限」と「状態数が有限」は別の条件です。通常の平均分散理論も、状態が有限個であることまでは要求していません。
最後に
少し長くなりましたが、最後に整理しておきます。有限状態モデルでは、ポートフォリオのリターンは、
$$\mathbb R^N$$
上の問題として表せます。
しかし、一般の確率空間を導入すれば、
$$L^2(\Omega,\mathcal F,P)$$
という Hilbert 空間上の理論として捉えられます。
この立場では、
$$\boxed{ \mathrm{Var}(X) = \| X-E[X] \|_2^2 }$$
であり、
$$\boxed{ \mathrm{Cov}(X,Y) = \langle X-E[X], Y-E[Y] \rangle }$$
です。
したがって、
- 分散は中心化した変数のノルムの二乗
- 共分散は中心化した変数どうしの内積
- 相関は中心化した変数がなす角度の余弦
- CAPM の \(\beta\) は射影係数
- 最小二乗によるファクター回帰は部分空間への射影
- 分散共分散行列は Gram 行列
と解釈できます。
さらに \(L^2\) 全体に定義した価格汎関数を連続線形汎関数として扱えば、
$$\pi(X) = E[mX]$$
という SDF 表現が得られます。有限状態の状態価格との対応は \(q_k=p_km(\omega_k)\) です。ただし、\(L^2\) 全体の価格を指定した場合の一意性と、取引できるペイオフだけに価格がある場合の非一意性は、分けて考える必要があります。
さらに、\(m>0\) がほとんど確実に成り立ち、無リスク総収益率 \(R_f>0\) が確定的なら、
$$\frac{dQ}{dP}=R_fm$$
を通して同値なリスク中立測度につながります。
全体の流れをまとめると、
有限状態の線形代数 → \(L^2\) 上の射影・価格汎関数 → 連続時間の確率過程 → 確率制御
というつながりが見えてきます。ただし、時間を連続化すると、選ぶ対象は戦略過程です。瞬間的な平均分散だけで、期間全体の投資問題が決まるわけではありません。本稿で繰り返し触れた通り、同じような式が出てきても、前提や目的まで同じとは限らないのです。
公式を覚えるだけでなく、その公式がどこから出てきて、どこまで使えるのかを考えてみると、ポートフォリオ理論も少し違って見えるかと思います。興味のある方は、本文で紹介した文献も読んでみてください。
資産配分や長期・分散・積立についての自分の考え方は、別の記事「一般サラリーマンの資産形成の話 ― NISA・長期・分散・積立」にまとめています。数理的な仕組みの話から、実際の資産形成についての考え方へ読み進めたい方は、こちらもどうぞ。
完全にジコマン記事になってしまいましたが、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
ご質問やコメントはお問い合わせからよろしくおねがいします。