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サラリーマンが勝手に解説する記事:証券数を無限にするとポートフォリオ理論はどうなるか

こんにちは。今回は、前回の「ポートフォリオ理論と確率論」の続きとして、証券の数を無限に増やすと何が変わるのかを、勝手に解説していきます。

前回は、リターンを \(L^2(\Omega,\mathcal F,P)\) の元として考えると、分散は中心化した変数の長さの二乗、共分散は内積として読める、という話をしました。今回は、その確率空間は固定したまま、組み合わせる証券の数を増やしてみます。

証券が無限個といわれても、少し現実離れして聞こえるかもしれません。ただ、大規模な有限市場の極限や、満期が連続的に並ぶ債券市場を考えると、自然に出てくる見方です。実際、物理学における統計力学では、厳密には粒子数は\(10^{23}\)と大きいが有限である系を無限に近似することで熱力学量を計算したり、AI領域ではパラメータ数が数千億個とあるので、これを無限個にある状況にして性質を調べる研究もあったりします。

中心になる問いは、「有限個なら問題なくできた計算が、無限個でもそのままできるのか」です。結論を先にいうと、分散を二次形式で表す構造は残ります。ただし、無限和の収束、許容する重み、集合の閉性を確かめる必要があります。

以下では、前回の期待値・分散と \(L^2\) の説明を前提に、まず1期間のモデルを考えます。連続時間の売買戦略を導入しなくても、証券の数を無限にするだけで、関数解析が必要になるわけです。

本稿では、この無限次元ポートフォリオ理論を、無限和の収束から共分散作用素、最適化、漸近的裁定まで順に見ていきます。具体例を中心に読みたい方は、下の案内から第9節や第11節へ進んでください。

1. 「状態の数」と「証券の数」は別の話

最初に、2つの次元を分けておきます。有限状態モデルの \(\mathbb R^N\) における \(N\) は、起こりうる状態の数でした。一方、ポートフォリオ重み \(w\in\mathbb R^n\) における \(n\) は、証券の数です。

\[ \underbrace{\mathbb R^N\longrightarrow L^2(\Omega,\mathcal F,P)}_{\text{状態の表し方の一般化}}, \qquad \underbrace{\mathbb R^n\longrightarrow H}_{\text{証券を組み合わせる重みの一般化}}. \]

今回は後者を扱います。\(H\) は重みを入れる実 Hilbert 空間で、後ほど具体的に定めます。

したがって、リターンが属する空間 \(L^2\) と、重みが属する空間 \(H\) は、役割の違う空間です。同じ Hilbert 空間という名前が出てきますが、ここを一緒にしてしまうと、共分散作用素が何に作用するのか分かりにくくなります。

なお、証券の数が無限でも、リターンがすべて同じ確率変数の倍数なら、その線形包は1次元です。証券が無限個あることと、独立なリスクの方向が無限個あることも同じではありません。

2. 有限証券市場を、写像として書き直す

\(n\) 個の証券の単純収益率を \(R_1,\dots,R_n\in L^2\) とし、時点0で決める重みを \(w\in\mathbb R^n\) とします。重みは将来の結果を見てから選ぶ確率変数ではなく、ここでは確定的な係数です。

\[ T_n:\mathbb R^n\longrightarrow L^2,\qquad T_nw=\sum_{i=1}^n w_iR_i. \]

この \(T_n\) は、証券の組み合わせを受け取り、対応するリターンを返す線形写像です。予算制約 \(\sum_iw_i=1\) のもとで、\(T_nw\) は全資金を配分したポートフォリオの単純収益率になります。

制約を外してすべての係数を動かした像は、

\[ M_n=\operatorname{span}\{R_1,\dots,R_n\} \]

という有限次元部分空間です。ただし、予算制約を課した実際の選択集合は一般にはアフィン集合であり、空売り禁止も課すと凸集合になります。前回と同じく、「リターンを含む線形空間」と「実際に選べる集合」は区別しておきます。

中心化したリターン \(\widetilde R_i=R_i-E[R_i]\) を使えば、

\[ \Sigma_{ij}=E[\widetilde R_i\widetilde R_j], \qquad \operatorname{Var}(T_nw)=w^\top\Sigma w \]

です。これが無限次元でも残したい構造です。

3. 無限和は、書いただけでは定義にならない

可算無限個の \(R_1,R_2,\dots\in L^2\) に対し、

\[ \sum_{i=1}^{\infty}w_iR_i \]

と書きたくなります。しかし、それぞれの \(R_i\) が二乗可積分でも、この級数が収束するとは限りません。

本稿では、部分和が平均二乗の意味で収束する、すなわち

\[ \left\|\sum_{i=1}^{n}w_iR_i-X\right\|_2\longrightarrow0 \]

となる \(X\in L^2\) が存在するとき、その極限を無限和と呼びます。これは \(L^2\) 収束です。概収束や確率収束とは別の条件です。

重みの候補として、まず

\[ H=\ell^2 =\left\{w=(w_i)_{i\ge1}:\sum_{i=1}^{\infty}w_i^2<\infty\right\} \]

を考えます。ところが、\(w\in\ell^2\) だけでは、リターンの無限和は定義できません。

例えば、すべての \(R_i\) が同じ非零の \(Z\in L^2\) で、\(w_i=1/i\) とすると、\(\sum_iw_i^2<\infty\) なのに、

\[ \sum_{i=1}^{n}w_iR_i =\left(\sum_{i=1}^{n}\frac1i\right)Z \]

は \(L^2\) で収束しません。同じリスクを持つ証券を何個も並べても、係数の二乗和が有限というだけでは十分ではないのです。

重みとリターンの関係にも条件を置く

そこで、以下では、すべての有限台の係数列 \(w\) に対し、ある定数 \(B<\infty\) で

\[ \left\|\sum_iw_iR_i\right\|_2^2 \le B\sum_iw_i^2 \tag{1} \]

が成り立つと仮定します。「有限台」とは、非零の成分が有限個しかないという意味です。

この条件があれば、\(w\in\ell^2\) の切断列による部分和は \(L^2\) の Cauchy 列になります。\(L^2\) は完備なので、

\[ T:\ell^2\longrightarrow L^2,\qquad Tw=\lim_{n\to\infty}\sum_{i=1}^{n}w_iR_i \]

という有界線形作用素が定まります。有界とは、重みの小さな変化が、リターンの際限なく大きな変化を引き起こさないという意味です。

分かりやすい十分条件の1つは \(\sum_i\|R_i\|_2^2<\infty\) です。このとき三角不等式と Cauchy–Schwarz の不等式から (1) が従います。ただし、この十分条件は必要条件ではありません。例えば、正規直交列 \(R_i\) なら \(\|R_i\|_2=1\) でも (1) が \(B=1\) で成立します。

この \(\ell^2\) の設定は、あらゆる市場に自動的に当てはまるものではありません。実際、(1) は期待値列 \((E[R_i])\) も \(\ell^2\) に属することを含意するため、全銘柄の期待収益率が同じ非零の定数である場合には使えません。市場に応じて、重み付きの列空間を選ぶ、中心化したリスク部分と平均を別々に定義する、といった工夫が必要になります。

4. span、closed span、そして実際に作れるリターン

無限個の証券についても、

\[ M_{\mathrm{fin}}=\operatorname{span}\{R_1,R_2,\dots\} \]

の span が表すのは、あくまで有限線形結合です。ここに無限和が自動的に含まれるわけではありません。

有限の組み合わせで平均二乗誤差をいくらでも小さくできるリターンまで含めると、

\[ M=\overline{M_{\mathrm{fin}}}^{\,L^2} \]

という閉線形包になります。\(M\) は \(L^2\) の閉部分空間なので、直交射影を考えられます。

例えば、ある目標ペイオフ \(Y\in L^2\) に対して、

\[ \min_{X\in M}\|Y-X\|_2^2 \]

には、一意な解 \(P_MY\) があります。これは前回の最小二乗回帰の、閉部分空間への拡張です。射影の存在と閉性の関係は、MIT の Hilbert 空間の講義ノートでも解説されています。

ただし、ここには落とし穴があります。第3節の作用素 \(T\) を使っても、

\[ M_{\mathrm{fin}}\subset T(\ell^2)\subset M, \qquad \overline{T(\ell^2)}^{\,L^2}=M \]

である一方、\(T(\ell^2)=M\) とは限りません。有界線形作用素の像は、一般には閉じていないからです。

つまり、「有限ポートフォリオの極限として近似できる」ことと、「許容した1つの重み列で正確に作れる」ことは違います。閉包を取ることは数学的には自然ですが、その極限を取引可能と認めるかどうかは、別途モデルで決める必要があります。予算や取引費用も、閉包を取っただけで引き継がれるわけではありません。

5. 共分散行列から、共分散作用素へ

ここからは、第3節の仮定のもとで \(H=\ell^2\)、\(T:H\to L^2\) が有界であるとします。中心化を行う作用素を

\[ CX=X-E[X] \]

と置き、\(S=CT\) と定めます。\(Sw\) は、重み \(w\) で作ったリターンの平均を引いた部分です。

随伴作用素 \(S^*:L^2\to H\) は、内積を通して

\[ \langle Sw,X\rangle_{L^2} =\langle w,S^*X\rangle_H \]

を満たす作用素です。これを使って、

\[ \boxed{\Sigma=S^*S:H\longrightarrow H} \]

と定義します。すると、

\[ \boxed{ \operatorname{Var}(Tw) =\|Sw\|_2^2 =\langle w,\Sigma w\rangle_H } \]

となります。有限次元の \(w^\top\Sigma w\) が、そのまま Hilbert 空間の内積になりました。

また、

\[ \operatorname{Cov}(Tv,Tw)=\langle v,\Sigma w\rangle_H \]

です。したがって \(\Sigma\) は有界・自己共役・半正定値であり、\(\ell^2\) の標準基底 \(e_i\) に関して

\[ \langle e_i,\Sigma e_j\rangle_H =\operatorname{Cov}(R_i,R_j) \]

を満たします。有限次元の Gram 行列を作用素に置き換えた形です。

ここでの共分散作用素は重みの空間 \(H\) に作用するものです。無限個の共分散を表に並べるだけでは、その表が \(H\) 全体で有界な作用素を定めるとは限りません。第3節で条件を置いた理由が、ここで効いてきます。

6. 予算制約も、そのまま移せるとは限らない

有限次元では、予算制約は \(\mathbf1^\top w=1\) でした。無限次元でも \(\sum_iw_i=1\) と書きたいところですが、

\[ \mathbf1=(1,1,\dots)\notin\ell^2 \]

です。一般の \(\ell^2\) の元について、係数の総和が収束するとは限りません。

さらに、最初の \(n\) 成分を \(1/n\)、残りを0とする \(u^{(n)}\) を考えると、

\[ \sum_i u_i^{(n)}=1, \qquad \|u^{(n)}\|_{\ell^2}=\frac1{\sqrt n}\longrightarrow0. \]

どの \(u^{(n)}\) も総和は1なのに、\(\ell^2\) では総和0の零ベクトルへ収束します。したがって、総和を取る操作は \(\ell^2\) ノルムについて連続ではありません。

解決方法は、保有量の空間と費用の定義をセットで選ぶことです。例えば、重みを \(\ell^1\) に制限すれば総和は連続になります。あるいは、保有単位数を \(w\) として、価格列 \(q\in H\) による連続な費用汎関数 \(\langle q,w\rangle_H\) を使う方法もあります。ただし、後者の \(w\) は投資比率とは違います。

Hilbert 空間を保ちたいなら、例えば

\[ H_a=\left\{w:\sum_i a_iw_i^2<\infty\right\}, \qquad a_i>0,\quad \sum_i a_i^{-1}<\infty \]

という重み付き空間を使えます。このとき

\[ \left|\sum_iw_i\right| \le\left(\sum_i a_iw_i^2\right)^{1/2} \left(\sum_i a_i^{-1}\right)^{1/2} \]

なので、総和は連続です。ただし、この新しい空間でもリターン写像が有界かどうかは、改めて確認します。

要するに、重みの空間を選ぶこと自体が、金融モデルの一部なのです。

7. 連続個の証券では、共分散が積分核になる

今度は証券を連続的なパラメータ \(a\in A\) で区別し、添字集合上の測度を \(\nu\) とします。重みの空間を

\[ H=L^2(A,\nu) \]

と選びます。ここでも、状態を表す \(\omega\in\Omega\) と、証券を区別する \(a\in A\) は別の変数です。

厳密に積分を定義できる十分条件として、\(a\mapsto R(a)\) は \(L^2(\Omega)\) 値の強可測な写像で、

\[ \int_A\|R(a)\|_2^2\,\nu(da)<\infty \tag{2} \]

を満たすとします。この条件のもとでは、

\[ Tw=\int_Aw(a)R(a)\,\nu(da) \]

を \(L^2(\Omega)\) 値の Bochner 積分として定義できます。Cauchy–Schwarz の不等式から、被積分関数の \(L^2(\Omega)\) ノルムが積分可能になるためです。

共分散核を

\[ K(a,b)=\operatorname{Cov}(R(a),R(b)) \]

と置くと、ほとんどすべての \(a\) について

\[ (\Sigma w)(a)=\int_AK(a,b)w(b)\,\nu(db) \]

であり、

\[ \operatorname{Var}(Tw) =\int_A\int_Aw(a)K(a,b)w(b)\,\nu(da)\nu(db) =\langle w,\Sigma w\rangle_H \]

となります。(2) は、ここで必要な積分の交換と有界性も保証します。行列の添字 \(i,j\) が連続変数 \(a,b\) に、和が積分に変わったと考えると分かりやすいかと思います。

債券の満期を連続に並べる

例えば、額面1のゼロクーポン債の時刻 \(t\)、満期 \(u\) の価格を \(P(t,u)\) とします。これは確率測度 \(P\) と同じ文字ですが、2つの引数が付く \(P(t,u)\) は債券価格です。

時点0から共通の保有期間 \(h>0\) を考え、満期を \(u\in[h,U]\) とすれば、

\[ R(u)=\frac{P(h,u)}{P(0,u)}-1, \qquad P(0,u)>0 \]

が各満期の債券の単純収益率になります。同じ保有期間にそろえておくことが大切で、価格 \(P(t,u)\) と収益率 \(R(u)\) も区別します。

有限区間上の Lebesgue 測度を使い、(2) を仮定すれば、投資比率の密度 \(w(u)\) に対するリターンを上の積分で扱えます。この場合は \(1\in L^2([h,U])\) なので、予算制約 \(\int_h^Uw(u)\,du=1\) も連続な制約です。

ただし、ある1つの満期だけを持つ保有は Dirac 測度で表され、通常の \(L^2\) の密度には入りません。実際の有限本の債券保有まで同じ枠組みで扱うなら、測度を値とする保有や、その双対空間を使うなど、追加のモデル化が必要です。連続満期市場といっても、許容する保有の定義は1通りではありません。

8. 無限次元ポートフォリオ理論の平均分散最適化

有界なリターン写像 \(T:H\to L^2\) があれば、期待リターンも連続線形汎関数です。定数確率変数1を使って

\[ \mu=T^*1\in H, \qquad E[Tw]=\langle\mu,w\rangle_H \]

と書けます。\(\ell^2\) の設定では、\(\mu_i=E[R_i]\) です。

費用も連続線形汎関数 \(\langle q,w\rangle_H\) で表せるモデルなら、例えば

\[ \inf_{w\in H} \left\{ \langle w,\Sigma w\rangle_H: \langle q,w\rangle_H=1,\ \langle\mu,w\rangle_H=m \right\} \]

という問題になります。\(m\) は実現可能な目標値です。保有単位数を変数にしている場合には、\(T\) もそれに対応する金額の写像として読み替えます。

制約なしで分散を最小化するだけなら \(w=0\) が解なので、何の条件のもとで最小化するのかは省略できません。

有限次元でも、共分散行列が必ず可逆だったわけではありませんし、任意の最適化問題に解があるわけでもありません。ただし有限次元では、閉かつ有界な集合はコンパクトで、正定値行列には一様な正の下限があります。無限次元では、この2つをそのまま使えなくなります。

例えば、正規直交列 \(e_n\) は \(\|e_n\|=1\) なのに、異なる2点の距離は常に \(\sqrt2\) です。したがって、閉単位球でもノルム収束する部分列が取れるとは限りません。

一方、存在を保証する十分条件もあります。実行可能集合が空でない閉凸集合で、

\[ \langle w,\Sigma w\rangle_H\ge c\|w\|_H^2 \qquad(c>0) \tag{3} \]

なら、この二次最小化問題には一意な解があります。(3) は coercivity(一様な正定値性)と呼ばれます。弱収束と弱下半連続性を使えば、Hilbert 空間でも解の存在を示せるわけです。

9. 下限は0なのに、最小値を達成できない例

少し抽象的になったので、具体例を見てみます。ここでは \(H=\ell^2\) とし、

\[ (\Sigma w)_i=\frac{w_i}{i^2}, \qquad b=\left(1,\frac12,\frac13,\dots\right)\in\ell^2 \]

と置きます。次の、連続な線形制約を1本だけ課した問題を考えます。

\[ \inf_{\langle b,w\rangle=1} \sum_{i=1}^{\infty}\frac{w_i^2}{i^2}. \tag{4} \]

ここでの \(\langle b,w\rangle=1\) は、現象を確かめるための線形制約であり、投資比率の総和を1にする通常の予算制約ではありません。また、(4) だけで無裁定な市場全体を定義しているわけでもありません。

この \(\Sigma\) は実際に共分散作用素として作れます。平均0・分散1で互いに無相関な \(Z_i\) を取り、\(R_i=Z_i/i\) とすればよいのです。例えば、独立に確率 \(1/2\) ずつ \(\pm1\) を取る \(Z_i\) が使えます。

最初の \(n\) 成分を \(w_i^{(n)}=i/n\)、残りを0とすると、

\[ \langle b,w^{(n)}\rangle =\sum_{i=1}^{n}\frac1i\frac{i}{n}=1, \qquad \langle w^{(n)},\Sigma w^{(n)}\rangle =\frac1n\longrightarrow0. \]

したがって (4) の下限は0です。しかし目的関数が0になるには、すべての \(w_i\) が0でなければなりません。それでは制約を満たせません。

\[ \boxed{\text{下限は0だが、それを達成する }w\in\ell^2\text{ は存在しない。}} \]

各 \(n\) 証券への制限では、上の \(w^{(n)}\) が実際に最適です。\((\sum_{i=1}^nw_i/i)^2\le n\sum_{i=1}^nw_i^2/i^2\) から、目的関数の下限が \(1/n\) と分かります。ただ、その最適解列のノルムは

\[ \|w^{(n)}\|_{\ell^2}^2 =\frac1{n^2}\sum_{i=1}^{n}i^2 =\frac{(n+1)(2n+1)}{6n}\longrightarrow\infty \]

です。有限市場ごとの最適解があっても、無限市場の許容重みへ収束するとは限らないことが見えます。

閉線形包に入るのに、許容重みで作れない例も同じ設定で見える

同じ \(R_i=Z_i/i\) を使うと、

\[ X=\sum_{i=1}^{\infty}\frac{Z_i}{i} \]

は \(\sum_i1/i^2<\infty\) により \(L^2\) で収束します。その部分和は有限ポートフォリオなので、\(X\in M\) です。

しかし \(Tw=X\) を満たすには、各 \(Z_i\) との内積を比較して \(w_i=1\) がすべての \(i\) で必要です。\((1,1,\dots)\notin\ell^2\) なので、そのような \(w\) は存在しません。これが第4節の \(T(\ell^2)\ne M\) の具体例です。

10. 「逆行列を使う」にも、新しい注意が必要

今の例では、すべての非零の \(w\) について \(\langle w,\Sigma w\rangle>0\) です。それでも固有値 \(1/i^2\) が0に近づくため、(3) を満たす定数 \(c>0\) はありません。

形式的に逆を取ると、

\[ (\Sigma^{-1}y)_i=i^2y_i \]

ですが、これは \(\ell^2\) 全体を \(\ell^2\) に写しません。定義できる範囲でも、有界な逆作用素にはなりません。小さな成分誤差が大きく増幅されるのです。

第7節の条件 (2) のもとでは、積分核は二乗可積分であり、共分散作用素はコンパクトです。その階数が無限なら、正の固有値は0へ近づきます。こうした無限次元のコンパクト作用素は、空間全体で有界な逆を持てません。この性質については、MIT のコンパクト作用素の講義ノートが参考になります。

ただし、無限証券の共分散作用素がすべてコンパクトという意味ではありません。例えば、正規直交なリターン列なら \(\Sigma=I\) で、無限次元の恒等作用素はコンパクトではありません。

対処の1つは、目的関数に \(\alpha\|w\|_H^2\)、\(\alpha>0\) を加える正則化です。

\[ \langle w,\Sigma w\rangle_H+\alpha\|w\|_H^2 =\langle w,(\Sigma+\alpha I)w\rangle_H. \]

これは重みが大きくなりすぎることに罰則を付けます。空でない閉凸な制約集合なら、一意な最適解の存在を保証できます。ただし、正則化は元の問題を変更しているのであり、\(\alpha\to0\) とすれば元の最適解が必ず得られるわけではありません。第9節では、そもそもその最適解が存在しません。

11. 各有限市場の無裁定と、漸近的な無裁定

最後に、無裁定について触れておきます。分散が小さくなることだけでは、裁定とはいえません。いくら払って、どれだけの利益が得られ、どのような損失が残るのかを確認する必要があります。

1期間で初期費用0の割引後損益を \(G\) とすると、通常の裁定は

\[ G\ge0\quad P\text{-a.s.}, \qquad P(G>0)>0 \]

を満たす許容ポートフォリオの存在です。

一方、大規模市場では、証券数を増やした有限市場の列を考えます。各市場には裁定がなくても、市場を大きくするにつれて、わずかな初期資金で一定以上の富を高い確率で得られることがあります。漸近的裁定には複数の定式化があり、以下はその強い形を示す1期間の例です。

各有限市場に裁定がなくても起こる具体例

この例は、第3節の \(\ell^2\) モデルとは独立に、有限市場の列として定めます。金利は0とし、第 \(i\) 証券の初期価格と期末価格を

\[ S_0^i=\frac1i,\qquad S_1^i= \begin{cases} 1+\frac1i,&\text{確率 }1-2^{-i},\\ 0,&\text{確率 }2^{-i} \end{cases} \]

とします。各証券の成功・失敗は独立で、第 \(n\) 市場では最初の \(n\) 証券と銀行口座を取引できます。

どの有限市場も無裁定です。実際、その有限市場で各証券の成功確率を \(1/(i+1)\) に変更した独立な確率測度 \(Q_n\) を取れば、

\[ E_{Q_n}[S_1^i] =\frac1{i+1}\left(1+\frac1i\right) =\frac1i=S_0^i \]

となります。全状態の確率が正なので \(Q_n\) は実際の確率測度と同値です。初期費用0のポートフォリオの \(Q_n\) 期待損益は0であり、非負で正の確率で利益が出る損益は存在できません。

ところが、第 \(n\) 市場で第 \(n\) 証券を1単位だけ買うと、

\[ V_0^{(n)}=\frac1n\longrightarrow0,\qquad V_1^{(n)}\ge0,\qquad P(V_1^{(n)}\ge1)=1-2^{-n}\longrightarrow1. \]

必要な初期資金は0に近づくのに、1以上の富を得る確率は1へ近づきます。各有限段階では損をする可能性があるため通常の裁定ではありませんが、極限では強い漸近的裁定が現れています。この非負の富・消える初期資金・成功確率が1に近づくという条件は、Kabanov–Kramkov(1998), “Asymptotic arbitrage in large financial markets”, Definition 3の第1種の強い漸近的裁定に対応します。

同じ取引を \(1/n\) の借入で賄えば、初期費用0の損益は成功時1、失敗時 \(-1/n\) です。したがって、この例では「損失の最大幅が消える」ことまで具体的に確かめられます。

No Free Lunch、No Free Lunch with Vanishing Risk(NFLVR)、漸近的無裁定は、このような極限を考える際の関連する概念ですが、同義ではありません。固定した市場なのか市場の列なのか、どの戦略を許し、どの位相で閉包を取るのかによって条件が変わります。とくに、\(L^2\) での分散の縮小を、最悪損失の縮小と同一視してはいけません。

12. 前回の価格汎関数・SDFの話との接点

前回は、価格が \(L^2\) 上の連続線形汎関数なら、Riesz の表現定理で SDF を使って表せる、という話をしました。今回も「連続」という条件が重要になります。

ここではリターンから金額のペイオフに話を切り替えます。有限保有で作れるペイオフの線形空間を \(\mathcal X_{\mathrm{fin}}\)、その \(L^2\) 閉包を \(\mathcal X\) とします。一物一価を満たす線形価格 \(\pi\) が、ある \(K<\infty\) に対し

\[ |\pi(X)|\le K\|X\|_2 \qquad(X\in\mathcal X_{\mathrm{fin}}) \]

を満たすなら、価格は \(\mathcal X\) に一意に連続拡張できます。そして、ある一意な \(m_{\mathcal X}\in\mathcal X\) によって

\[ \pi(X)=E[m_{\mathcal X}X] \qquad(X\in\mathcal X) \]

と書けます。

ただし、これは \(m_{\mathcal X}\) の厳密な正値性を保証しません。また \(L^2\) 全体の表現としては、\(\mathcal X^\perp\) の元を加えられるため、一意とは限りません。各有限部分市場が無裁定であることだけから、上の共通の定数 \(K\) や、正値な \(L^2\) の SDF が自動的に得られるともいえません。

第11節の例では、この問題が見えます。借入で賄った損益を \(G_n\) とすると、\(\pi(G_n)=0\) なのに、

\[ \|G_n-1\|_2^2 =2^{-n}\left(1+\frac1n\right)^2\longrightarrow0. \]

銀行口座の金利は0なので、確実なペイオフ1の価格は1です。もし価格が \(L^2\) 連続なら \(\pi(G_n)\to\pi(1)=1\) となるはずで、矛盾します。この市場の有限保有上の価格は、\(L^2\) について連続ではないのです。

閉包、価格の連続性、無裁定は、このようにつながっています。近いペイオフに近い価格を付けられるかという条件が、無限次元では自動ではなくなるわけです。

最後に:無限化すると、式の意味を支える条件が見えてくる

今回は、証券数を無限にするという方向から、ポートフォリオ理論を見てみました。対応関係を整理すると、次のようになります。

見る対象有限証券無限証券で確認すること
重み\(\mathbb R^n\)許容する空間 \(H\) と予算の定義
リターン有限和 \(T_nw\)級数・積分の収束と \(T\) の有界性
組み合わせの空間有限次元なので閉じている\(T(H)\) と閉線形包の違い
分散\(w^\top\Sigma w\)\(\langle w,\Sigma w\rangle_H\)、\(\Sigma=S^*S\)
最適化有限次元の二次最適化解の存在、制約の閉性、一様な正定値性
価格と無裁定各有限市場での条件価格の連続性と市場列の極限での条件

無限市場を考える意味は、現実に無限個の証券を買うことではありません。有限市場を大きくしたとき、何が安定して残り、どこで最適解や価格付けが不安定になるかを調べることにあります。債券の満期構造のように、関数そのものを市場状態として扱う場合にも自然です。

\[ \boxed{\text{証券数の無限化は、線形代数を関数解析へつなぐ。}} \]

ただし、その橋渡しに必要なのは、行列を作用素と呼び直すことだけではありません。どの空間で重みを選び、どの意味で極限を取り、その極限にどのような価格と取引上の意味を与えるか、という点まで含めて考える必要があります。

少し細かい話になりましたが、有限次元では目立たなかった前提が見えてくるところが、無限次元を考える面白さだと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございます。ご質問やコメントはお問い合わせからよろしくおねがいします。