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サラリーマンが勝手に解説する記事:ポートフォリオ理論と確率論 補足

こんにちは。今回は、ポートフォリオ理論の途中式を、最小二乗と直交射影、平均分散最適化、SDF(確率的割引因子)からMerton(マートン)問題まで、実際に計算してみます。

ポートフォリオ理論と確率論(前回の記事)では、分散・共分散を内積として見て、最小二乗回帰、確率的割引因子、連続時間の資産運用へと話を進めました。ただ、全体のつながりを優先したため、「微分すれば求まる」「定理から表せる」というところを、かなり駆け足にしています。

今回は、前回の記事で省略した導出を埋める補足編です。自己金融条件と伊藤の公式を確認したうえで、Merton問題のHJB方程式を導きます。最後には、CRRA効用で最適な投資比率が一定になる理由と、その候補が本当に最適であることを確認する考え方まで追います。

期待値・分散とベクトル・行列の基本を前提にします。後半の確率積分は使う性質をその都度説明しますが、伊藤積分や動的計画原理そのものの構成・証明までは扱いません。

ポートフォリオ理論の途中式:記号と問題の設定

前半の \(R_i\) は1期間の単純収益率、\(\mu=E[R]\)、\(\Sigma=\operatorname{Cov}(R)\)、\(w\) は期初に決める投資比率です。確率変数は、特に断らない限り二乗可積分とします。

後半の \(\mu,r,\sigma\) は連続時間モデルの単位時間当たりの係数、\(\pi_t\) は情報に応じて変更できる投資比率です。前半と同じ記号を使う部分がありますが、1期間の収益率と瞬間的な収益率の係数は区別します。

価格を表す汎関数は \(\mathcal P(X)\) と書きます。投資比率 \(\pi_t\) と混同しないため、前回から記号を変えました。

最小二乗では予測誤差、平均分散最適化ではリターン分散、Merton問題では終端富の期待効用を扱います。同じ行列が現れる場面があっても、それぞれの目的関数を明示して計算していきます。

1. 最小二乗と直交射影:残差の直交条件を導く

1.1 中心化すると切片を別に扱える

説明したいリターンを \(R\)、ファクターを \(F_1,\dots,F_K\) とします。まず中心化して、

$$Y=R-E[R],\qquad F=(F_1-E[F_1],\dots,F_K-E[F_K])^\top$$

と置きます。ここでは \(F\) は中心化後のベクトルです。係数 \(b\in\mathbb R^K\) を選ぶ母集団の最小二乗問題は、

$$\min_b L(b),\qquad L(b)=E[(Y-b^\top F)^2]$$

です。標本から係数を推定する前の、確率分布そのものに対する問題を考えています。

1.2 二乗を展開し、係数で微分する

$$\begin{aligned}L(b)&=E[Y^2]-2E[Yb^\top F]+E[b^\top FF^\top b]\\&=E[Y^2]-2b^\top c+b^\top Gb,\end{aligned}$$

$$c=E[FY],\qquad G=E[FF^\top].$$

\(G\) は対称行列なので、

$$\nabla_bL(b)=-2c+2Gb.$$

一階条件を0と置くと、正規方程式

$$\boxed{Gb=c}$$

が得られます。\(G\) が正定値なら、唯一の解は \(b^*=G^{-1}c\) です。

1.3 なぜ「直交射影」なのか

残差を \(\varepsilon=Y-(b^*)^\top F\) とすれば、

$$E[F\varepsilon]=E[FY]-E[FF^\top]b^*=c-Gb^*=0.$$

したがって、各ファクターとの内積 \(E[F_j\varepsilon]\) が0です。残差はファクターの張る空間に直交しています。

逆に、ある係数 \(b^*\) の残差がその空間に直交していれば、任意の係数 \(b\) に対して、

$$\begin{aligned}E[(Y-b^\top F)^2]&=E[(\varepsilon+(b^*-b)^\top F)^2]\\&=E[\varepsilon^2]+E[((b^*-b)^\top F)^2]\\&\ge E[\varepsilon^2].\end{aligned}$$

交差項が直交性で消えるため、誤差が最小だと分かります。これが最小二乗と直交射影をつなぐ計算です。

\(G\) が特異でも、有限次元の部分空間への射影そのものは一意です。ただし同じ確率変数を複数の係数ベクトルで表せるため、係数は一意とは限りません。

1.4 ファクターが市場リターン1個ならβになる

\(Y=R_i-E[R_i]\)、\(F=R_M-E[R_M]\)、\(\operatorname{Var}(R_M)>0\) とすれば、

$$\boxed{\beta_i=\frac{E[FY]}{E[F^2]}=\frac{\operatorname{Cov}(R_i,R_M)}{\operatorname{Var}(R_M)}}.$$

中心化しない表現では、切片 \(\alpha_i=E[R_i]-\beta_iE[R_M]\) が必要です。

ここで得たのは回帰係数です。CAPMの期待収益率の関係を導くには、市場ポートフォリオの効率性や均衡の仮定を追加する必要があります。その導出は本稿の範囲から外します。

2. ラグランジュ乗数法で平均分散最適化を解く

2.1 問題と仮定

次は、目標期待収益率を指定して、分散を最小にする問題です。

$$\min_w\frac12w^\top\Sigma w\quad\text{subject to}\quad\mathbf1^\top w=1,\quad\mu^\top w=\mu_p.$$

先頭の \(1/2\) は微分を簡単にするためで、最適解は変わりません。空売りを許し、\(\Sigma\) は正定値、\(\mu\) と \(\mathbf1\) は線形独立と仮定します。この独立性により、2つの等式制約が重複しません。

2.2 一階条件から重みの形を求める

$$\mathcal L(w,\lambda,\eta)=\frac12w^\top\Sigma w-\lambda(\mathbf1^\top w-1)-\eta(\mu^\top w-\mu_p).$$

\(w\) で微分して、

$$\nabla_w\mathcal L=\Sigma w-\lambda\mathbf1-\eta\mu=0.$$

したがって、

$$w=\Sigma^{-1}(\lambda\mathbf1+\eta\mu).$$

これが逆共分散行列の現れる箇所です。期待収益率方向 \(\mu\) と予算制約方向 \(\mathbf1\) を、共分散の構造に応じて調整しています。

2.3 制約を代入して乗数を決める

次の3つの数を定義します。

$$A=\mathbf1^\top\Sigma^{-1}\mathbf1,\quad B=\mathbf1^\top\Sigma^{-1}\mu,\quad C=\mu^\top\Sigma^{-1}\mu.$$

2つの制約に代入すると、

$$\begin{pmatrix}A&B\\B&C\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\lambda\\\eta\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}1\\\mu_p\end{pmatrix}.$$

\(\Delta=AC-B^2>0\) なので、

$$\lambda=\frac{C-B\mu_p}{\Delta},\qquad\eta=\frac{A\mu_p-B}{\Delta}.$$

よって、求める重みは、

$$\boxed{w^*=\Sigma^{-1}\left(\frac{C-B\mu_p}{\Delta}\mathbf1+\frac{A\mu_p-B}{\Delta}\mu\right)}.$$

\(\Sigma\) が正定値なので目的関数は厳密に凸であり、これは唯一の最小解です。

2.4 最小分散も計算できる

一階条件 \(\Sigma w^*=\lambda\mathbf1+\eta\mu\) を使うと、

$$\begin{aligned}(w^*)^\top\Sigma w^*&=\lambda(w^*)^\top\mathbf1+\eta(w^*)^\top\mu\\&=\lambda+\eta\mu_p\\&=\boxed{\frac{A\mu_p^2-2B\mu_p+C}{\Delta}}.\end{aligned}$$

目標期待収益率と最小分散の関係が、これで具体的になります。全体の最小分散点は \(\mu_p=B/A\) で、分散は \(1/A\) です。この点以上の期待収益率を持つ側が、通常いう効率的フロンティアに対応します。

共分散行列が特異な場合や空売り禁止の場合は、この逆行列の公式をそのまま使えません。また、\(\mu\) が \(\mathbf1\) に比例する場合は、目標期待収益率の制約が重複するか、実現不能になります。

3. SDF(確率的割引因子)とリスク中立測度の導出

3.1 有限次元で価格を表す確率変数を作る

ここからは収益率ではなく、共通の将来時点に受け取る金額 \(X\) を扱います。取引可能なペイオフの有限次元線形空間を \(\mathcal M\subset L^2(P)\)、その価格を線形汎関数 \(\mathcal P\) とします。

\(\mathcal M\) の正規直交基底を \(e_1,\dots,e_K\) とします。つまり \(E[e_ie_j]\) は \(i=j\) なら1、それ以外は0です。このとき、

$$m_{\mathcal M}=\sum_{j=1}^K\mathcal P(e_j)e_j$$

と置きます。任意の \(X=\sum_jx_je_j\in\mathcal M\) について、

$$\begin{aligned}E[m_{\mathcal M}X]&=\sum_{j,k}\mathcal P(e_j)x_kE[e_je_k]\\&=\sum_j\mathcal P(e_j)x_j\\&=\mathcal P(X).\end{aligned}$$

これで、価格を内積として表す確率変数を実際に作れました。価格汎関数が連続であるという条件のもとで、この表現を一般のヒルベルト空間へ広げるのがRieszの表現定理です。

特に \(\mathcal P\) が \(L^2\) 全体の連続線形汎関数なら、表現する \(m\in L^2\) は一意です。一方、上で構成した \(m_{\mathcal M}\) が正であるとは限りません。価格の線形な表現と、正値なSDFの存在は別の条件です。

3.2 不完備な市場で、なぜ表現が一意にならないのか

\(Z\in\mathcal M^\perp\)、すなわち、すべての \(X\in\mathcal M\) に対して \(E[ZX]=0\) とします。すると、

$$E[(m_{\mathcal M}+Z)X]=E[m_{\mathcal M}X]+E[ZX]=\mathcal P(X).$$

取引されているペイオフの価格からは、その空間に直交する成分を決められません。これが非一意性の理由です。ただし、任意の直交成分を加えたものが正値なSDFになるわけではありません。

3.3 2状態モデルで状態価格とSDFを区別する

状態が2つで、実際の確率を \(p_1=p_2=1/2\)、各状態でだけ1を支払う請求権の価格を \(q_1=0.3,\ q_2=0.6\) とします。

$$\mathcal P(X)=0.3X_1+0.6X_2.$$

これを \(E_P[mX]\) と書くには、

$$m_1=\frac{q_1}{p_1}=0.6,\qquad m_2=\frac{q_2}{p_2}=1.2$$

とすればよく、実際に、

$$E_P[mX]=\frac12(0.6X_1)+\frac12(1.2X_2)=0.3X_1+0.6X_2.$$

状態価格とSDFの間には、実際の確率という重みが入っています。

3.4 正規化すると、別の確率測度ができる

一般の設定に戻ります。初期価格1の無リスク資産が、満期に確定額 \(R_f>0\) を支払うとします。正値な \(m\in L^2(P)\) が取引可能なペイオフの価格を表しているなら、

$$1=E_P[mR_f],\qquad E_P[m]=\frac1{R_f}.$$

そこで \(D=R_fm\) と置き、事象 \(A\) の新しい確率を、

$$Q(A)=E_P[D\mathbf1_A]$$

と定義します。\(D>0\) かつ \(E_P[D]=1\) なので確率測度になり、\(P\) と \(Q\) は同じ零確率事象を持ちます。この密度が、

$$\frac{dQ}{dP}=D=R_fm$$

というRadon–Nikodym微分です。測度変換の期待値の公式から、

$$E_Q[X]=E_P[DX]=R_fE_P[mX]$$

なので、価格が表現されているペイオフについて、

$$\boxed{\mathcal P(X)=\frac1{R_f}E_Q[X]}$$

となります。\(m,X\in L^2(P)\) なら、Cauchy–Schwarzの不等式により \(E_P[m|X|]<\infty\) なので、右辺も定義できます。

先ほどの2状態の例なら、満期に必ず1を支払うペイオフの価格は0.9です。したがって、

$$R_f=\frac1{0.9}=\frac{10}{9},\qquad Q_1=R_fq_1=\frac13,\quad Q_2=R_fq_2=\frac23.$$

確認すると、

$$\frac1{R_f}E_Q[X]=0.9\left(\frac13X_1+\frac23X_2\right)=0.3X_1+0.6X_2.$$

リスク中立確率は、この例では実際の確率とは異なります。将来の状態が起きる頻度を予測し直したものではなく、価格を割引期待値として表すための確率です。

4. 自己金融条件から、資産の確率微分方程式を作る

4.1 資産額の定義と、売買の資金調達条件

時間を連続にします。配当のない株式価格 \(S_t\) と銀行口座 \(B_t\) が、

$$\frac{dS_t}{S_t}=\mu\,dt+\sigma\,dW_t,\qquad \frac{dB_t}{B_t}=r\,dt$$

に従うとします。ここでは \(\mu,r,\sigma\) は定数、\(\sigma>0\) です。株数を \(\theta_t\)、銀行口座の保有単位数を \(\psi_t\) とすると、資産額は、

$$V_t=\theta_tS_t+\psi_tB_t.$$

取引費用・消費・外部からの入出金がなく、売買資金をポートフォリオ内で賄う条件を、自己金融条件といいます。その数式表現は、

$$dV_t=\theta_t\,dS_t+\psi_t\,dB_t.$$

これは資産額の定義式を微分するだけで自動的に得られる式ではありません。保有量の変更自体では外から資金を加えず、価格変動によって資産額が増減するという条件を追加しています。

例えば保有量が連続で有限変動なら、積の微分に現れる \(S_t\,d\theta_t+B_t\,d\psi_t\) が0になる条件に対応します。一般の戦略では、予測可能な保有量による確率積分を使って、自己金融条件を直接定義します。

4.2 保有株数から投資比率へ書き換える

資産が正であるとして、株式への投資比率を \(\pi_t=\theta_tS_t/V_t\) とすると、

$$\theta_tS_t=\pi_tV_t,\qquad \psi_tB_t=(1-\pi_t)V_t.$$

これを自己金融条件に代入して、

$$\begin{aligned}dV_t&=\pi_tV_t(\mu\,dt+\sigma\,dW_t)+(1-\pi_t)V_t r\,dt\\&=V_t\{r+\pi_t(\mu-r)\}\,dt+V_t\pi_t\sigma\,dW_t.\end{aligned}$$

よって、

$$\boxed{\frac{dV_t}{V_t}=\{r+\pi_t(\mu-r)\}\,dt+\pi_t\sigma\,dW_t}.$$

株式に回さない残りが銀行口座に入るので、株式の比率だけで資産全体を記述できました。\(\pi_t>1\) は銀行口座からの借入、\(\pi_t<0\) は株式の空売りに対応します。

複数資産なら、\(\mu\in\mathbb R^n,\ \sigma\in\mathbb R^{n\times d}\) として、

$$\frac{dV_t}{V_t}=\{r+\pi_t^\top(\mu-r\mathbf1)\}\,dt+\pi_t^\top\sigma\,dW_t.$$

Brown運動の各成分の二次共変分 \(d[W^j,W^k]_t=\delta_{jk}dt\) から、瞬間的な分散率は \(\pi_t^\top\Sigma\pi_t\)、\(\Sigma=\sigma\sigma^\top\) になります。

5. 伊藤の公式で、対数収益率と有限期間の分散を求める

5.1 なぜ二階微分の項が残るのか

Brown運動の短時間の増分は標準偏差が \(\sqrt{h}\) の大きさなので、その二乗は \(h\) の大きさです。通常の微分と違い、テイラー展開の二次項が一次の時間項と同じ次数で残ります。

厳密な土台はBrown運動の二次変分 \([W]_t=t\) です。よく使う \((dW_t)^2=dt\)、\(dt\,dW_t=0\)、\((dt)^2=0\) は、その計算を表す記法として読みます。各増分の二乗が、経路ごとに時刻幅と等しいという意味ではありません。

\(dV_t=V_ta_tdt+V_tb_tdW_t\) に対する伊藤の公式は、

$$df(V_t)=f'(V_t)dV_t+\frac12f”(V_t)V_t^2b_t^2dt.$$

5.2 対数を取ると、分散の補正項が出る

\(f(v)=\log v\) なら \(f'(v)=1/v,\ f”(v)=-1/v^2\) なので、

$$\begin{aligned}d\log V_t&=\frac1{V_t}dV_t-\frac12b_t^2dt\\&=\boxed{\left(a_t-\frac12b_t^2\right)dt+b_tdW_t}.\end{aligned}$$

これを積分して指数を取ると、

$$V_t=V_0\exp\left\{\int_0^t\left(a_s-\frac12b_s^2\right)ds+\int_0^tb_s\,dW_s\right\}.$$

有限時間内で \(\int_0^T|a_s|ds<\infty\)、\(\int_0^Tb_s^2ds<\infty\) がほとんど確実に成り立てば、この指数表示で正の解を扱えます。指数表示だけで、期待値や高次モーメントの有限性まで保証されるわけではありません。

5.3 単純収益率の分散を計算する

ここだけ \(a,b\) を定数とし、初期時刻を0にします。資産の倍率を \(Z=V_T/V_0\) とすると、

$$Z=\exp\{(a-b^2/2)T+bW_T\}.$$

\(W_T\sim N(0,T)\) の指数モーメント \(E[e^{uW_T}]=e^{u^2T/2}\) を使うと、

$$E[Z]=e^{(a-b^2/2)T}e^{b^2T/2}=e^{aT},$$

$$E[Z^2]=e^{(2a-b^2)T}e^{2b^2T}=e^{2aT+b^2T}.$$

したがって、

$$\begin{aligned}\operatorname{Var}(Z-1)&=\operatorname{Var}(Z)\\&=E[Z^2]-E[Z]^2\\&=\boxed{e^{2aT}(e^{b^2T}-1)}.\end{aligned}$$

一方、\(\log Z=(a-b^2/2)T+bW_T\) なので、

$$\boxed{\operatorname{Var}(\log Z)=b^2T}.$$

短期間なら \(e^{b^2h}-1=b^2h+O(h^2)\) なので、単純収益率の分散も \(b^2h+O(h^2)\) になります。この局所的な近似と、期間全体の分散を区別する必要があります。

\(a_t,b_t\) がランダムに変わる場合は、対数収益率にもランダムなドリフト積分が入ります。一般に、その分散を単に \(E[\int_0^Tb_t^2dt]\) と置くことはできません。伊藤等長性が直接与えるのは、二乗可積分な確率積分 \(\int b_t\,dW_t\) 自体の二乗期待値です。

6. Merton問題の導出:対数効用・CRRA効用とHJB方程式

6.1 どの戦略の中で最適化するのか

消費なし、有限期間 \([0,T]\)、定数 \(\mu,r,\sigma\)、\(\sigma>0\)、初期富 \(v>0\) とします。売買費用や外部収入はありません。目的は \(E[U(V_T)]\) の最大化です。

ここでは期待値の扱いを明確にするため、許容戦略を「予測可能で、各戦略ごとに有限な定数 \(K_\pi\) が存在し、\(|\pi_s|\le K_\pi\) を満たす過程」に限定します。すべての戦略に共通する上限は設けないため、任意の有限な定数比率を含みます。

これは計算と最適性の確認を見通しよくするための戦略クラスです。より広い許容戦略を扱うには、そのクラスに応じた追加の可積分性や検証条件を定めます。本稿では上のクラス内で結論を示します。

この有界性と定数係数のもとでは、資産の正・負の任意の固定次数のモーメントを有限にでき、後で使う確率積分も真のマルチンゲールとして扱えます。未来の情報を使わないことと、期待値を正当に計算できることの両方を確保しています。

6.2 対数効用なら、積分の中を平方完成できる

まず \(U(v)=\log v\) とします。第5節の式に \(a_s=r+\pi_s(\mu-r)\)、\(b_s=\sigma\pi_s\) を代入すると、

$$\log V_T=\log v+\int_t^T\left[r+\pi_s(\mu-r)-\frac12\sigma^2\pi_s^2\right]ds+\int_t^T\sigma\pi_s\,dW_s.$$

最後の確率積分は条件付き期待値が0です。したがって、

$$E_{t,v}[\log V_T]=\log v+E_{t,v}\int_t^T\left[r+\pi_s(\mu-r)-\frac12\sigma^2\pi_s^2\right]ds.$$

被積分関数を平方完成すると、

$$r+\pi(\mu-r)-\frac12\sigma^2\pi^2=r+\frac{(\mu-r)^2}{2\sigma^2}-\frac{\sigma^2}{2}\left(\pi-\frac{\mu-r}{\sigma^2}\right)^2.$$

最後の項は常に非正なので、すべての時刻で平方を0にする定数戦略が上限を達成します。

$$\boxed{\pi^*=\frac{\mu-r}{\sigma^2}},\qquad J_{\log}(t,v)=\log v+\left(r+\frac{(\mu-r)^2}{2\sigma^2}\right)(T-t).$$

この場合は、期間全体の目的関数が各時点の二次式の積分になるので、時点ごとの最大化で解けました。一般の動的投資問題でも同じ操作ができるとは限りません。

6.3 CRRA効用では、価値関数を導入する

$$U(v)=\frac{v^{1-\gamma}}{1-\gamma},\qquad \gamma>0,\quad\gamma\ne1.$$

この効用の相対的リスク回避度は、微分すると、

$$-\frac{vU”(v)}{U'(v)}=-\frac{v(-\gamma v^{-\gamma-1})}{v^{-\gamma}}=\gamma.$$

将来の運用も含めた最適な期待効用を、価値関数として定義します。

$$J(t,v)=\sup_{\pi\in\mathcal A_{\mathrm{adm}}}E_{t,v}[U(V_T)],\qquad J(T,v)=U(v).$$

動的計画原理は、「短い区間で戦略を選び、その先では最適に運用する」と書き直しても同じ価値になるという性質です。短い区間 \([t,t+h]\) の許容制御に関する上限として、

$$J(t,v)=\sup_\pi E_{t,v}[J(t+h,V_{t+h})]$$

と表します。ここからHJB方程式を導き、最後に得られた解を検証します。

6.4 伊藤の公式からHJB方程式へ

価値関数が \(t\) で1回、\(v\) で2回微分可能と仮定して計算します。\(J_v,J_{vv}\) は資産額による偏微分です。

$$dJ(t,V_t)=J_tdt+J_vdV_t+\frac12J_{vv}V_t^2\pi_t^2\sigma^2dt.$$

資産方程式を代入して、

$$\begin{aligned}dJ(t,V_t)={}&\left[J_t+V_t\{r+\pi_t(\mu-r)\}J_v+\frac12V_t^2\pi_t^2\sigma^2J_{vv}\right]dt\\&+V_t\pi_t\sigma J_v\,dW_t.\end{aligned}$$

動的計画原理の期待値を短時間で展開し、差を \(h\) で割って極限を取ると、

$$\boxed{0=J_t+rvJ_v+\sup_{\pi\in\mathbb R}\left\{v(\mu-r)J_v\pi+\frac12v^2\sigma^2J_{vv}\pi^2\right\}}.$$

後半の括弧が投資比率で調整できる部分です。

6.5 投資比率で微分して、候補戦略を得る

\(J_{vv}<0\) なら括弧内は \(\pi\) の厳密に凹な二次式です。一階条件は、

$$v(\mu-r)J_v+v^2\sigma^2J_{vv}\pi=0.$$

したがって、

$$\boxed{\pi^*(t,v)=-\frac{J_v}{vJ_{vv}}\frac{\mu-r}{\sigma^2}}.$$

ここまでは、価値関数の具体的な形は求めていません。

6.6 なぜ価値関数もCRRAの形になるのか

同じ投資比率の戦略を使えば、初期富を \(c>0\) 倍すると、その後の富も \(c\) 倍になります。一方、効用関数は、

$$U(cv)=c^{1-\gamma}U(v)$$

という斉次性を持ちます。今回の許容戦略の集合は初期富に依存しないため、戦略について上限を取っても、

$$J(t,cv)=c^{1-\gamma}J(t,v)$$

です。したがって、時刻だけに依存する関数を使って、

$$J(t,v)=A(t)\frac{v^{1-\gamma}}{1-\gamma},\qquad A(T)=1$$

と書けます。ここでのAは、第2節で定義した定数とは別の、時間の関数です。微分すると、

$$J_v=A(t)v^{-\gamma},\qquad J_{vv}=-\gamma A(t)v^{-\gamma-1}.$$

よって、

$$-\frac{J_v}{vJ_{vv}}=-\frac{A(t)v^{-\gamma}}{-\gamma A(t)v^{-\gamma}}=\frac1\gamma.$$

候補戦略は、

$$\boxed{\pi^*=\frac{\mu-r}{\gamma\sigma^2}}.$$

資産額と時刻が消え、一定比率になりました。CRRA効用の斉次性と、投資機会が一定であるという条件が、この形を支えています。

6.7 HJBに戻して価値関数を完成させる

候補戦略と各偏微分をHJBへ代入すると、

$$0=\frac{A'(t)}{1-\gamma}v^{1-\gamma}+rA(t)v^{1-\gamma}+\frac{(\mu-r)^2}{2\gamma\sigma^2}A(t)v^{1-\gamma}.$$

\(v^{1-\gamma}>0\) で割れば、

$$A'(t)+(1-\gamma)\left(r+\frac{(\mu-r)^2}{2\gamma\sigma^2}\right)A(t)=0.$$

終端条件 \(A(T)=1\) と合わせて、

$$A(t)=\exp\left[(1-\gamma)\left(r+\frac{(\mu-r)^2}{2\gamma\sigma^2}\right)(T-t)\right].$$

したがって候補価値関数は、

$$\boxed{J(t,v)=\frac{v^{1-\gamma}}{1-\gamma}\exp\left[(1-\gamma)\left(r+\frac{(\mu-r)^2}{2\gamma\sigma^2}\right)(T-t)\right]}.$$

\(A(t)>0\) なので、\(J_v>0\)、\(J_{vv}<0\) も確認できます。途中で用いた凹性の条件が満たされています。

6.8 候補を求めたあと、本当に最適か確認する

HJBから導いた式が、実際の価値関数を与えるかを確認します。いま得た明示的な関数を \(\widehat J\) と書き、

$$\mathcal L^\pi f=v\{r+\pi(\mu-r)\}f_v+\frac12v^2\pi^2\sigma^2f_{vv}$$

と置きます。HJBを満たすので、任意の比率について、

$$\widehat J_t+\mathcal L^\pi\widehat J\le0$$

であり、\(\pi=\pi^*\) では等号です。伊藤の公式を積分すると、

$$\widehat J(T,V_T)=\widehat J(t,v)+\int_t^T(\widehat J_s+\mathcal L^{\pi_s}\widehat J)(s,V_s)\,ds+\int_t^T\widehat J_v(s,V_s)V_s\pi_s\sigma\,dW_s.$$

第6.1節の有界な戦略クラスでは必要なモーメントを確保でき、最後の確率積分は期待値0の真のマルチンゲールです。終端条件とドリフトの非正性から、

$$E_{t,v}[U(V_T^\pi)]\le\widehat J(t,v).$$

一方、定数戦略 \(\pi^*\) は許容され、ドリフトが0になるため、

$$E_{t,v}[U(V_T^{\pi^*})]=\widehat J(t,v).$$

どの許容戦略も候補価値を超えず、候補戦略はその値を達成します。したがって、この戦略クラスで最適であり、候補価値関数は実際の価値関数と一致します。

一般の許容戦略に広げる際には、局所マルチンゲールを期待値0として扱えるか、局所化から極限へ進めるか、といった条件が必要です。「確率積分だから期待値0」とだけ書くと、この確認が抜けてしまいます。

6.9 複数資産の場合と、公式が変わる条件

定数係数の複数資産では、投資比率に依存する部分は、

$$vJ_v\pi^\top(\mu-r\mathbf1)+\frac12v^2J_{vv}\pi^\top\Sigma\pi.$$

\(\Sigma=\sigma\sigma^\top\) が正定値なら、\(\pi\) による勾配を0と置いて、

$$vJ_v(\mu-r\mathbf1)+v^2J_{vv}\Sigma\pi=0.$$

したがって、

$$\boxed{\pi^*=-\frac{J_v}{vJ_{vv}}\Sigma^{-1}(\mu-r\mathbf1)=\frac1\gamma\Sigma^{-1}(\mu-r\mathbf1)}.$$

銀行口座に残りを置くため、リスク資産の比率だけの合計を1にする制約はありません。制約を追加すれば、その制約のもとでHJBの最大化部分を解き直します。例えば1資産で \(0\le\pi\le1\) とする場合は、凹な二次式の最大化なので、

$$\pi^*=\min\left\{1,\max\left\{0,\frac{\mu-r}{\gamma\sigma^2}\right\}\right\}$$

となります。複数資産では相関があるため、一般に各成分を個別に切り詰めるだけでは解けません。

投資機会が確率的に変化し、株価とその状態変数が共通のノイズで動く場合は、HJBに混合二階微分の項が現れ、将来の投資機会の変化に備えるヘッジ需要が加わることがあります。その設定は今回の定数係数モデルの外にあります。

おわりに:どの一歩で何を使ったのか

今回の計算で使った道具を振り返ると、最小二乗では二乗の展開と微分、平均分散最適化ではラグランジュ乗数法、SDFでは基底による価格の表現と密度による測度変換を使いました。

連続時間では、自己金融条件から資産方程式を作り、伊藤の公式でその関数の変化を計算しました。Merton問題では、動的計画原理でHJBを立て、CRRAの斉次性で解の形を絞り、最後に期待効用の上限を達成することを確認しました。

とくに、式を微分して候補を求める部分と、その候補が問題の条件を満たして最適であることを確認する部分は、両方を追うと理解が深まります。前回の記事と行き来しながら、それぞれの公式がどこで生まれるかを確かめてもらえればと思います。

有限個の資産からさらに議論を広げたい場合は、証券数を無限にするとポートフォリオ理論はどうなるかも参照ください。無限和の収束や共分散作用素、最適解が存在する条件を扱っています。

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